今年6月の東日本学生リーグ戦で、奇跡とも言える優勝を果たした日大。4年生でチームをけん引した中に、岐阜・大垣日大高校の卒業生が3人いる。碓井晴登主将、倉本亮弥、松岡大洋で、チームを力強く支えた。
碓井晴登主将が大垣日大高2年生だった2021年、全国高校選抜大会に初出場して5位に入賞。その3ヶ月後に行われた岐阜県高校総体を初制覇した。インターハイは2回戦で日体大柏(千葉)に敗れたが、翌春の全国高校選抜大会でも5位入賞。チームを飛躍させた選手が、大学へ進んでチームの優勝に貢献-。中筋祐太監督は「指導者冥利に尽きます」と目を細めた。
8月の全日本学生選手権では、教え子から「セコンドに就いてほしい」と要望された。日大に預けたのであり、「齊藤将士監督ほかのコーチに失礼」と固辞したが、同監督からの頼みもあって最終的に引き受けた。小学校1年生から指導してきた選手が、自分の母校に進んだだけでもうれしいのに、離れてから3年以上たっても慕ってくれる…。「こんな、ありがたいことはなかったです。万感の思いでセコンドに就かせてもらいました」と言う。
現在、同校の部員は6人と少ない。しかし、薄井晴登主将ら大学界で活躍している選手の弟が3人いて、卒業生の活躍に刺激されてモチベーションが高まっている。
これまでの最高の成績は、前述のとおり全国大会の5位入賞。コロナ禍の真っただ中で、会場で保護者からの応援がなかったり、制限があったりしたときだった。次は、多くの応援を得て全国大会の舞台で輝きたい。「親だけでなく、おじいちゃん、おばあちゃんにも来てもらい、大応援団の中で試合をさせたいです」。教え子が活躍した母校のリーグ戦優勝を契機に、上昇を目指す気持ちが高まった。
日大で副主将を務めた同監督が大垣日大高校に採用されたのが2005年。英語教師としての赴任だった。高校レスリング界は、日体大出身の監督が多いこともあり、体育教師が圧倒的に多く、英語教師の監督は珍しい。間もなく始まる愛知・名古屋アジア大会では、英語の通訳として参加する予定。
日本も、米国の大学へ入学して全米大学(NCAA)選手権を目指す選手が相次ぎ、個人で米国やロシア、インドでのイベントに出場するなど、ようやく国際化の波が押し寄せてきた。学生時代から英語のマスターに力を入れていた中筋監督は、時代を先取りしていたことになる。
同高のOB・現役部員が英語をペラペラ話せるかどうかは別として、常々言っているのは、「レスリングだけ、という高校生活ではダメ。(英語だけでなく)勉強をしないとダメだよ」ということ。そのため、自分がレスリングで学校に採用されたのではなく、授業も学校の仕事も真剣にこなしていることを見せなければならない。行動で選手に示すことを心がけているという。
そうした方針のもと、全国大会の学校対抗戦で前回の5位を超える成績が今の目標だ。一方、個人対抗戦での活躍も望んでいる。自身は大阪・吹田高校時代に高校四冠王(全国高校選抜大会、インターハイ、全国高校生グレコローマン選手権、国民体育大会)に輝いており、教え子には個人での栄光もつかんでほしいと思っている。
そのためには、過度な減量をさせてはならないとも考える。吹田高校2年生のとき(1999年)のチームはインターハイ・学校対抗戦にも出場したが、体力を使い果たし、個人対抗戦での闘いは「本当にきつかった」という経験があるからだ。統計があるわけではないが、学校対抗戦で優勝・準優勝したチームの選手が、個人戦では上位に残れないケースは少なくない。
学校対抗戦に重きを置かざるを得ないチームもあるので一概には言えないが、「ご飯をしっかり食べ、学校対抗戦はもちろんですが、個人のタイトルも目指すのがいいのでは、と思っています」と言う。

▲岐阜県大会を初制覇したとき、中筋監督の日大時代の2年先輩・山本聖子さん(現姓ダルビッシュ)から大きな花が届いたという(野球部員が目を丸くしたとか)。その立札はチームの守り神としてレスリング場に飾ってある
現在の課題は、より高いレベルでの練習環境を得ること。岐阜県は、岐阜工高が全国大会ベスト4の常連だった時代もあるが、現在は、年によっては東海地区の中でも“カモ”にされてしまう状況。「その中で合同練習を積んでも、上へは上がれないと思います」と話し、強豪チームへの出げいこが欠かせないと考えている。
そのひとつが、監督の母校・日大での練習参加。8月は十日町合宿~東京での練習に参加させてもらい、鍛えた。「大会(全国高校グレコローマン選手権)の前以外は、ほとんど日大ですごしました。吉田アラシ選手の練習を見るだけでも、モチベーションが上がるはずです」と話し、こうした刺激のある練習を、東京に行かずとも県内でできるのが理想だ。
1992年バルセロナ・オリンピックに大橋正教(岐阜・岐阜一高~山梨学院大~現ALSOK監督)や野々村孝(岐阜・岐阜西工高~山梨学院大~香川・多度津工高教)が出たときは、岐阜工高が全国トップレベルの実力を持っていた。まず県内で全国に通じるチームが出ること。近隣高校へ実力アップを呼びかけている。
強調するのは、レスリングができる環境を「ぜいたくな環境と思ってほしい」ということ。「いつやるか? 今でしょ!」の言葉で大ブレークした東進ハイスクール・林修氏が、モチベーションの上がらない生徒や、「勉強させられている」と感じている人に向けて伝えた有名なメッセージ「勉強は、ぜいたくなことだ」から学んだ言葉だ。
林修氏は、学ぶ機会があることは、いかに恵まれた環境であるかを説いた。
「世界中には勉強したくて仕方がないのに、家が貧しいから働かなきゃいけないっていう子供たちがたくさんいるんですよ。にもかかわらず、僕の前に来る生徒は、ちゃんとお父さんお母さんが面倒を見てくれて、学校に行かせてくれるだけではなく、高い授業料まで払ってくれる恵まれた環境にいるんです。なのに、やる気にならない。自分がいかに恵まれているかも分からない人間が勉強したって意味がない。だったらもう辞めなさいと」(林修氏)
中筋監督は、同じようにスポーツに打ち込める環境を「ありがたく、大切に思ってほしい」と言い、今という時間を精いっぱい打ち込むことを望んでいる。そんな環境を与えてくれた親への恩返しは、働いてお金や物品をプレゼントすることではなく、「まず、勝つこと、と思ってほしい」。
勝たなければすべてが否定されるわけではないので、「親が『レスリングをやったことで変わったね、大人になったね』と思ってもらえる選手になること」と強調する。