2026.07.21NEW

【特集】胸に宿る23年前の“日大スピリット”、形を変えながらも全国大会出場を目指す…福井農林高・西田耕一朗コーチ

(文・撮影=布施鋼治)

 「ウチは、全国大会には出ていないので…(注=学校対抗戦は2008年が最後)。今年入ってきた1年生は、全員が素人ですけど、5人も入ってくれたので、団体戦を組めるようになりました。来年のインターハイ予選には、県内で団体優勝して行けたらなぁ、という淡い期待を抱いています」

 そう話すと、福井・福井農林高校の西田耕一朗コーチは人懐っこそうな微笑(ほほえ)みを浮かべた。今年、23年ぶりに東日本学生リーグ戦を制した日大の前回の優勝時の副主将。フリースタイルの最重量級で全日本選手権3位の実績を持つ。

▲全員が高校入学後にレスリングを始めた選手だが、全国大会出場を目指して頑張る福井農林高校。後列右端が西田耕一朗コーチ

 現在は市内の特別支援学級に勤務し、外部コーチとして通っている。「平日は、5日のうち3日くらいしか来られない。iPadに技術指導を入れて、選手に見るように伝えています」

 幸い協力者はいる。西田コーチが福井農林高で教えたOBの加藤勇輝さんは、校長から「部活指導員」として任命され、週末、指導してくれる。「高校卒業後、スポーツインストラクターなどをやっています。週末は、一緒にキッズ選手も教えています」

 取材時には、消防署に勤務する我満大記さんが指導していた。福井でレスリングを始め、石川・志賀高校を経て国士館大へ進学。2023年東日本学生選手権3位などの成績を残して一昨年に卒業し、地元にUターン就職した。

 「西田先生の指導のおかげなのでしょう、どの選手も高校に入ってからレスリングを始めたというのに、構えがしっかりしている。さすがに細かい技術はまだまだですけど、基本もできている子が多い

 他にも、西田コーチが練習に来られないとき、OBが連絡を取り合って参加してくれるそうで、西田コーチは「多くの助けがあって成り立っています」と言う。

▲国士舘大で鍛えた技術を指導する我満大記さん

「FUKUI えんまCLUB」との連携も、地方ならではの悩みが…

 福井農林高レスリング場では、週3回、現地のキッズ・レスリングクラブである「FUKUI えんまCLUB」が活動し、土曜は高校生とともに練習する機会も多い。ただ、キッズに関していえば、地方ならではの悩みもある。近隣の中学にレスリング部がなく、小学生のときにはレスリングに励んでいても、中学入学と同時に他のスポーツに転向してしまう子が多くいることだ。

 「『楽しいから、バスケットボールをやるかな…』という感じですね。中学校の部活動が衰退し、クラブチーム化していく中、これからどういう流れになるのか。レスリングにとって、いい流れになってくれるといいんですが…」(関連記事

▲初心者の集団だが、上を目指して熱く燃える。福井県の中学レスリングの振興が課題

 前述の通り、西田コーチは23年前のリーグ戦優勝の主力メンバーだ。それゆえ、先月、後輩たちが奇跡ともいえる優勝を遂げたニュースには興奮するしかなかった。西田は「いま僕は45歳。ちょうど22歳のときですね」と話を切り出した。

 「今の日大監督の(齊藤)将士はひとつ下の後輩です。大会前にOB会をしたら、彼は『気合です』と独特の言い回しをしていた。『頑張ってほしい』と思いました

▲2005年全日本選手権で3位に入賞した西田耕一朗コーチ(右端)

毎日死に物狂いで練習していた末のリーグ戦優勝

 自分が在籍したときに優勝の喜びを分かち合った同期の仲間のことも忘れていない。「久古(敏章)主将は京都の網野高出身。藤本健太君(現三恵海運監督)は同じ大阪なので、僕を含めて3人が関西だった。僕らが4年のとき、1年生に高校8冠王の松本真也というスーパールーキーが入ってきた。それで練習の質も上がったし、雰囲気も良くなった。毎日死に物狂いで練習していたので、『これだけやっていたら優勝してもおかしくない』と思っていました」。

 今回の優勝メンバーは、岐阜・大垣日大高出身が多かったが、同高の指導を務める中筋祐太監督は、クラブは違うが西田コーチの地元・大阪の後輩。自分とのつながりを強く感じたようだ。

▲今でも選手と熱いスパーリングをこなす西田耕一朗コーチ

 西田の胸に宿る日大スピリットは「目配り・気配り・心配り」。富山英明監督(当時)からは「マットに上がったら、先輩も後輩もないから」と、たたき込まれた。

 とはいえ、リーグ戦優勝の勢いにあやかって“日大スピリット”を福井農林の選手に植えつけようと気持ちはない。その理由を聞くと、「いまの時代はなかなか難しい」と言いながら唇を噛んだ。

 「ボクらの時代には、ちょっと熱が出ていても、『汗をかいたら治る』と言われていた時代だった。実際、治っていましたけど(苦笑)。今はコロナのこともあって、ちょっとでも熱があったら、『すぐ練習をやめて下校してくれ。無理をするな』という環境で育ってきた子たちですからね」

「失敗しながら覚えていってほしい」

 だからといって、諦めたりはしない。構えや組み手がなかなかうまくできない1年生にも、西田コーチは手取り足取り丁寧に教えていた。

 「基本があってのレスリングです。最終的にもつれても、上になっていれば勝ち。どんどん失敗しながら覚えていってほしい。失敗したら、『ここまでやったらあかんのや』『ここで休んだら逃げられるんや』というのが分かるじゃないですか」

▲夏は40度近い室温となるレスリング場。全国大会出場を目指して奮戦が続く(タックルは生徒副会長もこなす大津孝貴選手)

 先日、うれしいことがあった。前述したiPadに西田は23年前のリーグ戦優勝の映像を入れていたが、生徒から「見ました」という報告を受けた。師の雄姿を目の当たりにしたら、この先どんな変化が出てくるのだろうか。

 2年生の大津孝貴は生徒会副会長を務めながらマット練習に励む。「中学までは陸上をやっていたけど、格闘技に興味があったので始めてみました。初めはしんどかったけど、試合にも勝ったりしたので楽しいなと思ったりしています」

 レスリング場に冷房設備はない。取材時、スマホを見ると、体感気温は34度を差していた。西田コーチはTシャツを代えながら重量級の部員の相手をしていたが、2時間も経つと早くも4枚目に着替えていた。

 今年も暑い夏になりそうだ。

▲まだオリンピック選手は誕生していない福井県。草の根レベルからの強化で上を目指す