【アスタナ(カザフスタン)、布施鋼治】「今回は(グレコローマンとフリースタイルの日程の)間隔が短かったので、特別な調整はしていません。身体をしっかり休めての調整だけでした」
2026年世界選手権・第6日(10月29日)。男子フリースタイル65kg級の田南部魁星(ミキハウス)は、初戦でアフメット・ドゥマン(トルコ)に3-3で敗北。敗者復活戦に回れなかった時点で、日本代表としては実に53年ぶりとなる両スタイル挑戦は終わった。
「身体自体も、グレコローマンをやったから疲れているというわけではなかった。階級も(グレコローマンの)63kgから65kgへの変更だったので、そんなにきつくなかった。単に、自分がフリースタイルで強くなかっただけです」

▲フリースタイルで初戦黒星。田南部魁星(ミキハウス)の2026年世界選手権の両スタイル挑戦は終わった=撮影・PINFALL/保高幸子
グレコローマンへの挑戦は、フリースタイルの選手としてマットに上がった3日前のこと。集中力の部分で苦労することはなかったという。
「ただ、グレコローマンからフリースタイルの頭への切り替えはしなければならなかった。その点は少し難しかったですね」
田南部の本職はキッズ時代からやり慣れたフリースタイル。グレコローマンの練習は8月の全日本合宿でやって以来、カザフスタン入りするまでやっていなかった。
「こちらに3日前に入って、練習パートナーとやったくらいですね」
理由はフリースタイルに比重を置きたい思いがあったからだが、「自分のグレコローマンは、フリースタイルのような動きで闘う。その方が相手にはやりづらいんじゃないか」という思いもあった。

▲グレコローマンは元世界王者のセルゲイ・エメリン(ロシア)に敗れたが、2勝をマークした=撮影・PINFALL/保高幸子
具体的に言うと?
「グレコローマンだと、胸と胸を付け合わせてやる選手が多い。自分の場合、そんなことをしたら、もう勝ち目はない。だから、自分の頭を相手にくっつけながら闘う。腕取りも、グレコローマンの人たちは自分の身体に近いところで取ろうとする。対照的に、僕はどちらかといえば遠いところで腕を取って、いなしたりしながらタックルに行く。距離感が大きく違う」
もちろん、ひとつの大会で両スタイルに挑むという“二刀流”という部分も意識した。
「重量級だと、フリースタイルとグレコローマンで少し似たような動きになったりして、やりやすいところもあると思う。でも、軽量級と中量級はそうでないので、やりづらいんじゃないか。そういう考えをモチベーションにして挑みました」
田南部の思惑は的中した。グレコローマンの初戦でポーランドの選手、2回戦で韓国の選手を撃破し、堂々3回戦に進出した。続く4回戦(準々決勝)でロシアの古豪セルゲイ・エメリンに敗れたが、グレコローマンで3試合も闘えたことは大きな収穫だった。
「正直、海外の、特にヨーロッパのグレコローマンの人たちとやることにびびっている自分がいた。でも、びびらずにいけば、自分の動きもできることが分かり、楽しくレスリングをすることができた」
現在日体大レスリング部で女子のコーチを務める父・田南部力さんや母・千穂さんも現地まで応援に駆けつけてくれた。力さんは2004年アテネ・オリンピック男子フリースタイル55kg級の銅メダリスト。自分が成し得なかった両スタイルへの挑戦を息子が達成したことで、笑顔で声援を送っていた。

▲フリースタイルも善戦したが、3-3で初戦惜敗=撮影・PINFALL/保高幸子
田南部は、フリースタイルに挑戦したときの父からのアドバイスを忘れていない。
「2回戦で世界王者のイランの選手との対戦が控えていたので、そっちばかりに目がいっていた。でも、父は『初戦の相手も強いのでしっかり闘うように』と指摘してくれていたんですよ。結局、どちらもメダルを獲れず、ただ出ただけじゃん、というふうになってしまったので、そこはちょっと悔しい」
ロサンゼルス・オリンピックへの出場レースが始まったら、片方に的を絞るつもりだ。「どっちもやってオリンピック出場を決められるほど、甘い世界ではないですからね。でも、オリンピック出場レースが終わったら、また世界選手権で両スタイルに挑戦してみたい。次こそは、両方で金メダルを獲りたい」
過去に、ほとんど成し得たことのない偉業だからこそ(注=戦前のオリンピックで両スタイル同時金メダルの例はある)、挑戦のしがいはある。海外での田南部の二刀流への挑戦は始まったばかりだ。

▲再び両スタイルへ挑戦する日が来るか=撮影・PINFALL/保高幸子