(文=布施鋼治)
「指導って難しいですね」
そう言いながら、オリンピック2大会制覇の金城梨紗子(旧姓川井)は唇を少しだけかんだ。8月30日、三重・相好アリーナ四日市(四日市市総合体育館)で開催された2026年「第2回藤波朱理杯三重県少年少女レスリング大会」最終日。彼女は福井・敦賀少年クラブのコーチとしてセコンドを務めていた。
「今日は中学生が4名、小2と小5が1人ずつ。あとは幼年2人の計8人。クラブには今日試合に出ていない子もいっぱいいます。全部で20人くらい在籍していると思います」
金城の引退表明は昨年10月12日、自身のSNSを通して「『もうやり切ったな』という気持ちになった」と記した。「去年までは現役兼コーチという立場でクラブを見ていた。今はもう一線を引いて、選手でなく一人の指導者として声をかけるようになっています」
冒頭の言葉は、コーチに専念するようになってから感じたことだ。
「現役も兼ねている頃は、自分のことも大事だし、(自分の試合が近づくと)子供たちの指導が片手間になっているんじゃないかと危惧するところもありました」
現在は子供たちの指導に専念するようになった。それでも別の意味での難しさを感じている。「例えば、わたしがちょっと怒るとするじゃないですか。そうしたら、その子が保護者にもっと怒られるんじゃないかと気にしたりすることもある。保護者との付き合い方も勉強しながらやっています」
この日、藤波朱理杯に出場したキッズたちもそうだったが、幼少の頃からレスリングをやってきた金城にとって、令和のキッズ・レスリングのレベルには隔世の感がある。「私が子供のときなんか、幼稚園児なんてタックルというより単に押し倒すみたいな感じだったけど、今はタックルもアンクルホールドもちゃんと仕掛けていますからね」
子供でもレスリングの試合としてきちんと成り立っているからこそ、川井は「より基礎的な部分を染み込ませてあげなければいけない」というポリシーを打ち出す。「その一方で子供たちは勝たないと楽しくない。勝てない期間が長い子もいるけど、その期間のモチベーションをいかに保たせるかがキーポイントになるのかな、と思いながらやっています」
敦賀の練習は火曜と木曜の週2日と設定されている。「それ以外に、わたしの旦那(金城希龍=元自衛隊)が指導している敦賀気比高校の土曜と日曜の練習に行ける子は行き、高校生と一緒に練習させてもらっています。多い子は週3~4回の練習になりますね」
練習日が多い子の方が強くなるかと聞くと、金城は「そうでもない」と答えた。
「一番大事なのは子供の意欲。親に『行け』と命令され来ているようだと、その場にいるだけの練習になってしまいがちじゃないですか。自分の意思で通常の練習だけではなく、高校の練習にも参加し、私の指示もその場で終わらせず、ちゃんと覚えるようにする子が伸びます。要は、その子のやる気次第ですね」
子供がレスリングをやる目的は十人十色。将来第一線で活躍したい子もいれば、友達がやっているからという理由で一緒に来ている子もいる。
金城は「性格も、いろいろな子がいる」と分析する。「レスリングをやるのは楽しそうだけど、どん欲さがない子もいる。楽しみを求めたい子もいる。ある子の型を他の子に当てはめることはできない。なので、その子の性格を把握するところから始めるようにしています」
夫は高校教師となって6年ほど経つ。指導者としてのキャリアは妻よりあるので、相談しながらやっているという。
「小中学のときは敦賀クラブで頑張ってもらい、将来的には高校生になって旦那の元に送りたい。福井県からまだ強い子は出てきていないので、結構長期的なプランで考えています」
第2の人生でも挑戦の二文字がつきまとう。「結局、引退しても、レスリングばかり」とつぶやくと、金城は少しだけ微笑んだ。