2026.07.29

【特集】高校の「文武両道」の方針のもと、それでも強豪選手輩出を目指す矢後慎太郎監督(石川・星稜高)

(文・撮影=布施鋼治)

「赴任したのは15年前。それからあっという間でした。気がついたら、40歳手前になっていましたね」

 推定築60年以上、歴史の重みを感じさせる家屋の2階にある石川・星稜高校レスリング部で、矢後愼太郎監督は淡々と金沢で過ごした歳月を振り返った。

▲星稜中学・高校と金沢ジュニアの選手。前列左が矢後慎太郎監督、中央がOBの馳浩氏

 星稜に赴任したとき、学校からの最初のお達しは鮮烈な記憶として残っている。

「スカウトはするな」-。

 これから強化を計ろうとする新任教師にとって、モチベーションを一気に奪われかねない一言だった。学校側は文武両道を求めているのかと水を向けると、矢後は「もう7-3、8-2で“文”が主体になってきています」と打ち明けた。

 読売巨人軍~メジャーリーガーの松井秀喜さん、サッカーでワールドカップ3大会連続出場の本田圭佑さん、レスリングでは1984年ロサンゼルス・オリンピック代表の馳浩・前石川県知事(日本協会・前副会長)の母校。スポーツが盛んというイメージがあるが、部活動だけではなく、高い大学進学実績にも重きを置いている。

 「いまでも強い選手を作りたいという思いはありますけど、がっつりと部活ができるような状態ではなくなってきていますね」

▲少ない部員をていねいに指導する矢後監督

 星稜は中・高一貫教育。キャンパスの向かい側には金沢星稜大学もある。レスリング部は中学生と高校生が一緒に練習する形で練習メニューが組まれている。

 「部員? いまは中学生が1人、高校生が2名の計3人でやっています。もうちょっとにぎやかだったらいいなという思いはありますね」

「レスリング=激しいスポーツ」というイメージ?

 取材時は3人以上の選手たちが練習していた。誰なのか尋ねると、矢後は併設するキッズクラブ「金沢ジュニアレスリングクラブ」の生徒だと教えてくれた。「クラブの会員は全部集まったら15人くらいいるけど、それぞれの予定があるので、平日の集まりは少ない。今日のように5~6人が来て細々とやっている」

▲金沢ジュニアレスリングクラブの選手が高校の練習に参加する

 レスリング部としてのピークは12年前。北信越の大会で優勝するほどのレベルを誇った。「あのときは全部で6~7人いたかな? 今、石川県では志賀高校が強いけど、部員数は同じく6~7人なので団体戦を組むのがギリギリぐらい。でも、結局は人数かなという思いもありますね」

 この日は、取材に合わせて馳浩氏(前述)も駆けつけてくれ、汗を流した。馳氏も含め、OBたちからの叱咤激励はないのか。

「もちろんあります。だからというわけではないけど、新入生に『レスリングをやらんか?』と誘うこともあり、勧誘は積極的に行なっています。でも、今の子たちはレスリングという競技名を聞いただけで敬遠する子もいる。レスリング=激しいスポーツというイメージがあるようで…。難しい時代になったなと思いますね」

▲母校の再興を願い、応援する馳浩氏

団体戦の面白さを感じた今年の東日本学生リーグ戦

 千葉県出身の矢後監督は、日大レスリング部出身。だから今年6月の東日本学生リーグ戦での母校の優勝には大きな刺激を受けた。

 「23年前に優勝したとき、いま福井農林高校でレスリングを教えている西田(耕一朗)先輩は4年生だった。西田先輩は僕の7つ上なので、僕は全く優勝に絡んでいない(微笑)。僕の代も、ひとつ上の代も当時のチャンピオンクラスが結構いて優勝を狙える立場だったけど、実際には難しかったですね

 だから今回の優勝は単純にうれしかった。

▲学生時代の思い出を話す矢後慎太郎監督

 「最近はずっと三番になる安定した力を持っていることは感じていました。ただ、やっぱり山梨学院大や日体大を相手にしたらどうか…」というのが正直な気持ちだったという。

 予選リーグで日体大と当たったときも、「正直厳しいと思っていました。そしたら日体大に勝ち、決勝でも山梨を破ってしまった。個人戦では絶対に勝てないような選手が勝ったり、絶対にこの選手には負けないだろうという選手が負けたりするのが、団体戦の面白さだと思う

初心者をレスリング好きにする努力を続ける

 昨年12月2日、全国中学生レスリング連盟副会長で中学グレコローマンを推進していた矢後眞直氏が亡くなった。眞直氏は矢後の父。つまり親子二代に渡ってレスリングに携わっているわけだが、矢後は学生時代父のことが大嫌いだったという。

 「特に中学生時代はダメでしたね。反抗期というわけでもなかったと思います。怖すぎて反抗できなかったし(苦笑)。高校になってからも、自分から近寄ることはなかったです。でも、社会人になって気がついたら、父と同じことをしている。教員をやりながら学生の指導をして、審判もやる。なんか不思議だなと思います」

 それだけではない。矢後は40歳近くなった現在も選手としてマットに立つ。何か現役にこだわる理由があるのか。

 「単純に動けなくなるのが怖い。去年できたことが、できなくなるというのが怖い。だからレスリングと筋トレをずっと続けています。身体が動く限りはどちらも続けたい」

 今年のインターハイには、個人対抗戦80㎏級に亀田蓮介が出場した。矢後監督がマンツーマンで献身的に亀田の相手をしている姿が印象的だった(結果は2回戦敗退)。

 経験者のスカウトはできない。でも、クラブから上がってきた子をブラッシュアップしたり、中高から始めた初心者をレスリング好きにすることはできる。矢後監督の挑戦は続く。

▲チームで唯一、インターハイに出場した亀田蓮介。右後方のセコンドは矢後監督

▲推定築60年のレスリング場の入口。オリンピック選手も輩出した伝統を持つ

▲捲土重来を目指す馳浩OBの熱烈指導