昨年春季に二部リーグで優勝し、秋季大会から一部リーグで闘っている同志社大が3位決定戦に進出。敗れて“トロフィー獲得”はならなかったが、今後につながる内容を見せた。
同大学が一部で4位以上に入ったのは、優勝した2017年春季以来、16季ぶり。この間、二部リーグでの闘いが10シーズン。長いトンネルを抜け、わずかだが一部優勝が視野に入ってきた状態だ。
2020年に指揮官に復帰した福田耕治監督は、最後に敗れたとはいえ、「二部に落ちないように、という思いで練習してきたので、3位決定戦に出られたことは非常にうれしいことです」と、悔しさの中にも喜びの気持ちを表した。
ただ、近大(昨秋優勝)との3位決定戦をチームスコア1-6で敗れ、3位までと4~8位との間には「大きな壁があることも感じた」と言う。3位以上を目指すためには、このままではダメだということも痛感し、「それは選手も感じたと思います」と、さらなる努力を期待した。
それでも周南公立大と福岡大に勝ち、予想以上の成績を挙げたことは大きな成果。要因は「選手がまじめに練習に取り組んできたから」とのことで、「これは間違いありません」と念押しした。以前の選手がダメだった、という意味ではない。二部でくすぶっていたときも、一部昇格への気持ちは持っていたが、「何かが違ってきた」と言う。
そのひとつに、安渡翔主将(山口・豊浦高卒)の意気込みを挙げた。体重的には61kg級が適性だが、57kg級の選手がいないこともあって「57kg級に出ます」との意志を固め、日ごろから節制を心がける姿勢を他の部員に示した。減量とは別に、基礎体力づくりにこだわってチームをけん引。今大会では4戦全勝の結果。リーダーのこうした姿勢と結果がチーム全体に伝わったと見ている。
1年生が5人入ったことも、チームにとっての刺激材料だ。付属校の同志社香里高から入部の小島怜恩(2024年全国高校生グレコローマン選手権60kg級3位=今月の全日本ビーチ選手権優勝)と川村隆真(全国高校選抜大会とインターハイ出場)に加え、神奈川・日大藤沢高から入学した61kg級の齊藤元章の3選手がレギュラーとして活躍。チームを活気づけたことは間違いない。
最近、西日本の大学に東日本の高校選手が進むようになっているが、同志社大も例外ではない。2年生で変幻自在のレスリングを持ち味とする70kg級の大田譲が日大藤沢高の出身で(2024年国民スポーツ大会3位)、齊藤は大田を頼っての進学。これをきっかけに、東日本の高校選手の選択肢となれば、大きな飛躍が期待されるだろう。
もうひとつ、現在のチームの持ち味が、同大学の黄金期を支えた二世選手が在籍し、父の熱い思いを受けてレスリングに取り組んでいること。61kg級の小泉圭矢(2年生=同志社香高卒)の父・小泉円さんは、1987年に全日本大学選手権の1年生王者に輝き、西日本学生選手権で4連覇を達成した強豪(関連記事)。
1年生の川村隆真(前述)の父・嘉裕さんは1992年西日本学生王者。当時のリーグ戦は、同志社大と福岡大が競っていた。小泉円さんは現在、「同志社クラブ」の代表として活動し、川村嘉裕さんはパンクラス大阪の運営や三恵海運のアドバイザーとして関西オープン開催ほかに尽力(関連記事)。
ともに、現在でもレスリングへの熱い思いを持ち続け、同志社香里高時代からの恩師の福田監督を助けるべく、母校への有形無形の支援を惜しまない。
同志社大は、関学大ともに西日本学生レスリング界で最も古い歴史を持ち、一部リーグで18度の優勝を誇る。推薦制度が変わってスカウトが難しくなったことと、授業への出席も以前より厳しく課せられており、以前とは違う状況となっている。
スポーツ推薦枠は1年に2人で、ここに同志社香里高からの選手が加わって、4学年で10数人の部員数が限度。学業成績を残さないとスポーツ推薦が1年間なくなるので、勉強は必須。練習に週6日参加できる選手はほとんどおらず、週4日くらいが平均だ。
だが、それも同志社大の魅力。勉強をしっかりやらせることで、単位が足りずに留年する選手はいない。「関関同立」(関大、関学大、同志社大、立命館大)と言われるように、関西の私立大学でトップクラスの評価を得ている名門として、優秀な人材が社会へ飛び立っている。全国から文武両道を目指す選手を集められるはずだ。
74歳にして母校の黄金時代再現を目指す福田監督。「正直、しんどいよ。自宅から(練習場まで)片道1時間半だよ」と口にした同監督に、そばにいた川村嘉裕さんが「私と小泉さんの2人の息子が卒業するまで面倒を見る、と約束しました。面倒を見るだけでなく、優勝を経験させてほしい」と懇願。
黄金時代の主力選手のうち中井直也(西日本学生選手権両スタイル4連覇)は滋賀県立大学、桜井保志(1988年西本学生王者)は大阪大学の教授であり、石山直樹(1991年西日本学生王者)は帝塚山大学にレスリング部を立ち上げ(現在は部長)一部常連校に成長させている。福田監督のまいた種が実りの季節を迎え、収穫の時はすぐそこまで来ている。