2026年全日本女子オープン選手権・シニアの部は自衛隊勢が活躍。4面マット同時進行で行われた決勝の2試合目は、全マットに自衛隊選手が上がり、セコンドの数が足りないため、2面マットで試合を待つ事態になった。
その自衛隊選手で、7月の全日本社会人選手権に続いて優勝したのが65kg級の榎本美鈴。世界2位の実績を持つ嘉戸洋監督(現島根・大東高監督)が指揮していた“今はなき”環太平洋大レスリング部の最後の現役選手。2028年ロサンゼルス・オリンピック(LA2028)への思いは消えていない。
榎本は、3試合を無失点という結果を振り返り、「全日本社会人選手権から時間が経っていますけど、練習してきたことが発揮できたと思います」と話す。100点満点とは言えないものの、「やるべきことはできたと思います。天皇杯(全日本選手権)につながる大会だったと思います」とのことで、内容も満足のいく大会だったようだ。
右目周辺を内出血で黒くしていたが、この大会ではなく、数日前の練習でバッティングしたときの負傷。「痛くはないし、動きには何の影響もないんですけど、いろんな人から『大丈夫?』と心配されました」と笑う。
学生時代に、全日本学生選手権のみならず世界大学選手権とU23世界選手権でも優勝し、ワールドカップの代表に選ばれたこともある。ブランクをはさんで自衛隊に進んでからも、全日本社会人選手権は2023年から今年までの4連覇を含めて通算6度優勝とすばらしい実績を持っている。
しかし、全日本の2大会(全日本選手権、全日本選抜選手権)での優勝は、環太平洋時代の2019年全日本選抜選手権65kg級の1回だけ。卒業し、いったんは第一線を退いて会社員生活をおくっていたが、オリンピックへの思いが消えずに復帰。自衛隊に身を預けた。その後の全日本2大会の成績は3位が最高。U23世界を制した実績を生かし切れていないのが実情だ。
決して社会人の大会やこの大会での優勝に満足しているわけではない。「全日本しか見ていません。ここ(今回の優勝)は通過点です」ときっぱり断言した。
では、なぜ全日本の舞台では何か足りないのか。「(全日本のトップ選手は)組み手がうまく、自分の思うような組み手からの攻撃ができない」と、攻撃の突破口がなかなかつかめないのが現実。他に、やらなくてもいい点を失うことも多く、12月の全日本選手権までの約2ヶ月、徹底して克服に励みたいと言う。
昨年から今年にかけては非オリンピック階級で闘っているが、オリンピックを目指しているので、今年の年末か来年春にはオリンピック階級(62kg級か68kg級)へ移る予定。当然、レベルの高い階級への挑戦となるが、オリンピックを目指すためマットに戻ったので、覚悟はできている。
年齢も「最年長のひとつ下くらいになってきました。(活動できるのは)もう、そう長くない。高いレベルですけど、そこを勝ち切れるように取り組んでいきたい。自信を持って全日本選手権に臨みたい」と、オリンピック出場への強い気持ちを表した。
自衛隊の藤田雄大コーチは「フィジカル面では自信があるはず。今大会でも力強いレスリングができていた」と、その体力を評価する一方、全日本トップレベルの闘いは、力だけでは勝てないことを指摘。5月の全日本選抜選手権でも、優勝した池畑菜々(育英大)にリードしていながら最後に逆転されるなど、試合運びに工夫が必要と指摘する。
他に、「自信を持ってほしい。練習でやっていることを出せば、全日本でも通用する」と話し、気持ちを強く持って臨むことを期待した。
環太平洋大レスリング部は、2009年に伊藤友莉香(現自衛隊コーチ)がアジア選手権で優勝して世界の舞台へ躍進。榎本がU23世界選手権や全日本選抜選手権で優勝したのを筆頭に、世界へ飛び立つ勢いがあった。諸般の事情で残念ながら廃部となってしまったが、前回のパリ・オリンピックでは、榎本のほか、増田奈千(2015年全日本選手権2位)がオーストラリア国籍に変えて最終予選まで挑むなど、まだ終わってはいない。
榎本は、9月に環太平洋大時代に指導を受けていた嘉戸洋監督(前述)と会い、励ましてもらったという。「まだ応援してくれる人が、たくさんいます。恩返ししたいです」と気持ちを新たにしたようだ。
レスリング部がなくなったのは2021年春。だが、“残り火”は消えていないし、“燃えかす”になりかけてもいない。ロサンゼルスで真っ赤に燃え、環太平洋大レスリング部の歴史に輝かしい記録を刻む可能性を秘めている力強い炎だ。今大会で躍動した自衛隊女子チームのパワーに乗り、榎本美鈴がLA2028へ挑む。