(文=布施鋼治)
「ロサンゼルス・オリンピックに向け、清岡兄妹を知ってもらえるチャンスと思っていた。卓球の張本兄弟や柔道の近藤兄弟が活躍している。自分たちも追いつけ追い越せでやりたいと思っていたけど、(妹・もえが出場する)前日に兄が3番というのはちょっとまずかった」
そう語ると、男子フリースタイル65kg級で銅メダルを獲得した清岡幸大郎(カクシングループ)は頭をかいた。2026年アジア大会第3日(10月2日)。2024年のパリ・オリンピック同級で金メダルを獲得した幸大郎は、優勝候補の一人だったが、準決勝で今年のアジア選手権を制したスジート・カルカル(インド)に3-3のスコアで黒星を喫した。
初戦から得意の伸びやかなタックルは封印していた。大会後、その理由を明らかにした。足の付け根部分の内転筋を痛め、自らタックルを放つどころか、対戦相手のそれを防御する動きすらままならなかったという。
「3週間ほど前にやってしまいました。けがをした時点で、『タックルに入れないなら、組み手だけで優勝してやろう』という気持ちで練習していました」
医者の診断を受け、病名を聞いたら気持ちが滅入ると思ったためか、幸大郎はあえて診断を受けようとしなかった。湯元健一コーチ(大体大職)は、1、2回戦や3位決定戦で手負いの彼が勝ち名乗りを受ける場面を目の当たりにして、「あの足で勝つ清岡は化け物だ」と評していたので、それほど深刻な負傷だったのだろう。
幸大郎は「このけがを乗り越えたら、絶対に自分の自信になる」と誓いながらマットに上がっていた。「準決勝で世界ランク2位で、今年負けなしの選手(カルカル)とほぼ組み手だけであれだけの試合ができたということは、自分にとって大きなプラスになった」
幸大郎は、翌日のレスリング競技最終日にマットに立つ女子53kg級の妹・清岡もえ(ALSOK)にエールを贈ることも忘れなかった。「明日、妹にしっかり優勝してもらって、僕の名前をちょっと出してもらいたい」
兄からタスキを受け取った妹は、しっかり約束を果たした。1回戦から準決勝までの3試合を無失点のテクニカルスペリオリティで勝ち上がる。
迎えた決勝では、第1ピリオドこそ昨年の世界選手権3位のアンティム・パンガル(インド)を相手にデッドヒートを繰り広げたが、第2ピリオドになると点数を着実に重ね、終わってみれば9-1の大差で優勝を飾った。
勝因について、もえは次のように語った。「過去の海外の試合での敗因は、気持ちの面が大きく影響していた。そこを改善すれば、試合の流れも大きく変わってくると思います。冷静に闘うことを心がけたおかげで、自分のレスリングを思い切って出せたんじゃないかと思います」
それだけではない。今年4月のアジア選手権で敗れてから、栄養士についてもらう形で食生活を改善し、フィジカルトレーニングにも力を注いだ。その効果はてきめんで、53kg級のレスラーとして充実した筋肉質に変貌。フィジカル面の強化が大きかったのか、構えは対戦相手のちょっとやそっとのアタックを受けても崩れることがなかった。
失礼ながら、過去、もえの試合はハラハラドキドキすることが多かった。「エッ、こんなところで?」というような場面で突如崩れることもあった。今大会は構えが常時安定しており、そういう場面は皆無だった。いつのまにか、国際大会で“頼れる存在”になっていた。
プラス面の変身ぶりを指摘すると、もえは「そういうことを言ってもらえることが一番うれしい」と相好を崩したが、兄をかばうことも忘れなかった。「金を取れたことはよかったけど、私たちは兄弟優勝を目指していた。ロサンゼルス・オリンピックで一緒に金メダルを獲ることが最大の目標なので」
今年の世界選手権は、兄妹ではなく、もえだけの出場になる。オリンピック階級での世界選手権出場は今回が初めて(2024年は55kg級での出場)。もえは「アジア大会での優勝は、今日1日だけ味わって終わり。明日から切り替えて世界選手権に向かっていきたい」と話す。
世界を舞台にしても、崩れない構えから安定した力を見せられるか。清岡兄妹の次なるそろい踏みは、12月の天皇杯全日本選手権までお預けだ。