2026.09.16

52歳の挑戦、日本での初陣は白星…プロボクシングへ挑んだ元世界女王・山本美憂

 日本の女子レスリングの初期を支え、3度の世界チャンピオンに輝いた山本美憂(現在の国籍はカナダ)が9月15日、東京・後楽園ホールでプロボクシングの日本デビュー戦に挑み、田口智香(花形)を相手に3回1分51秒、TKO勝ちをおさめた。

 弟の故・山本KID徳郁さんも経験のない「プロボクシングのリング」「52歳の闘い」を終え、「KIDができなかったことをやったので、自慢します」と、9月18日の命日に勝利を捧げた。

▲命日を3日後に控え、KIDのTシャツを着て登場の山本美憂

▲序盤は劣勢だったが、徐々に自分のペースをつかんだ

 山本は、第1ラウンドは硬さが見られて思うような展開ができなかったが、第2ラウンドは互角近い展開へ。第3ラウンド、左のオーバーハンドパンチでダウンを奪取。立ち上がった相手にパンチの連打を浴びせ、レフェリーが試合をストップ。ほぼ同時に、相手陣営から棄権を意味するタオルが投げられた。

 勝利後は、メーンイベント以外では異例とも言えるリング上でのインタビューが行われた。「夢のようです。たくさんの人が動いてくれてリングに立つことができました」と涙ぐみながら、練習を見てくれたWBC3階級制覇の元世界王者・長谷川穂積さんら多くの人への感謝の言葉を話した。

▲リング上の会見で、天を仰いだ後、涙ぐんだ山本美憂

 会見では「やってきた練習を信じていれば、結果はついてくると思いました」と話し、ここまでの道のりを振り返った。

 「行けるところまで、練習ができる限りボクシングを続ける」とのことだが、「還暦(60歳)まで?」との問いには、さすがに苦笑い。ただ、この日の動きとパンチ力からして、あと数年は続けられる可能性を示唆したと言えよう。

▲第3ラウンドに逆転となるTKO勝ち

 会場には、2024年パリ・オリンピック金メダリストの日下尚(マルハン北日本カンパニー)や昨年の世界選手権優勝の森川美和(ALSOK)らが駆けつけ、レスリング界のレジェンドを応援した。

▲応援に駆けつけた日下尚(前列右から2人目=マルハン北日本カンパニー)ら日体大レスリング関係者ほか=撮影・保高幸子

後楽園ホールは、13歳で全日本チャンピオンに輝いたときの会場

 1984年に産声を上げた日本の女子レスリングは、1987年に全日本女子オープン選手権を開催。同年秋に第1回全日本選手権が開催されたが、そのときの決勝の会場が、この日と同じ後楽園ホール。当時は全日本女子プロレスが女子レスリングを支援しており、同団体の後楽園ホール大会で臨時のマットを設置。全日本選手権の決勝戦が行われた。

 その大会で、当時、日本最年少の13歳で優勝し、一躍脚光を浴びたのが山本美憂。「そのときのことを思い出した?」との問いに、「試合前に、少し」とのこと。試合が始まったら、目の前の闘いが精いっぱいだったと言う。

▲39年前に13歳で全日本チャンピオンに輝いた後楽園ホールで、プロボクサーの日本デビューを飾った

 同年に始まった世界女子選手権は年齢制限で出場できなかったが、解禁された1991年の世界選手権で優勝し、1994・95年にも優勝。全日本選手権は2001年までに通算8回優勝。女子が初採用された2004年アテネ・オリンピックを目指したものの、夢はかなわなかった。

 カナダ国籍を取得して2016年リオデジャネイロ・オリンピックを目指したが、市民権の取得などが間に合わずに、こちらも実現しなかった。

 その後、総合格闘家として「RIZIN」で活動。2023年12月に引退したが、闘うことへの思いは尽きず、プロボクサーの道へ。日本ボクシングコミッション(JBC)の規定では、プロテストの受験資格は16歳から34歳までだが、カナダ国籍で国内ジムに所属していないので、この規定は適用されない。

 オーストラリアで取得したライセンスにより、今年3月に同地でデビュー(判定負け)。外国人ボクサーとして出場したこの日がプロ2戦目。JBC管轄の試合では、史上最年長の出場だという。

▲TKO勝ちが決まると、すぐに相手に駆け寄り、健闘をたたえた

▲日本での指導は、世界王者に5年間君臨し、3階級制覇を成し遂げた伝説的なボクサー、長谷川穂積さん(中央)

(注)レスリングでは敬称をつける立場にいますが、ボクシングの現役選手のため、敬称は略します