2026.07.21NEW

韓国レスリング隆盛の礎、張昌宣氏(1966年世界王者)が死去

 韓国メディアが報じたところによると、1964年東京オリンピック銀メダルで翌年、韓国初の世界王者に輝いたチャン・チャンスン(張昌宣)氏が7月20日、死去した。84歳。

 同氏は、フリースタイル52kg級で1962年アジア大会銀メダルを経て、1964年東京オリンピックでも銀メダルを獲得。韓国が日本の統治から解放された1945年以降、あらゆる競技を通じての初のオリンピック・メダルを獲得1966年世界選手権(米国)で優勝し、これまた全競技を通じて初の世界チャンピオンに輝いた。

▲1964年東京オリンピックで、優勝した吉田義勝氏を祝福するチャン・チャンスン氏

 極貧の家庭で育った選手。世界一になったことで、そのままなら絶対に手にできなかった一軒家を国からプレゼントされ、「ハングリー精神」という言葉そのもののコリアン・ドリームへ。多くの競技で目標とされ、レスリングでの韓国の隆盛の原点となった選手。

 選手引退後は韓国代表チームのコーチを経て大韓レスリング協会の専務理事、副会長などを歴任。大統領表彰と大韓民国体育賞なども受賞。1988年ソウル・オリンピックでは選手村の村長だった。

 日体大~前山口県レスリング協会会長の勝村靖夫氏は、1965年世界選手権で張昌宣氏と引き分け、当時のルールである計量による優劣で、100グラム差で敗れて2位となった「強い選手で、韓国の英雄でした。日韓親善のことが書いてある記事に、私とチャンさんの試合のことが載っていて、びっくりしたことがあります」と話す。

 5年くらい前に韓国へ行ったときに会い、そのときは車いすの生活だったという。教え子でもある1988年ソウル・オリンピック金メダリストの韓明愚さんと最近つながりが復活し、山口県と韓国の高校生の交流戦を今年11月から始めることになっていて、再会を期待したが、実現せずに無念そう。

 「とても寂しい。ご冥福をお祈りします」と、かつてのライバルへ哀悼の意を送った。