※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治、撮影=矢吹建夫) 以前の教え子を破って日本一に輝いた井上智裕(三恵海運)
それはそうだろう。大会初日(21日)に行なわれた同級は1回戦から波乱の連続だった。今年の世界選手権代表で第1シードの泉武志が、1回戦で下山田培(日体大)のそり投げを受けて負傷し、テクニカルフォール負けという波乱のスタート。
優勝争いに加わる実力は十分と期待されていた昨年の世界選手権8位の音泉秀幸(ALSOK)や2012年ロンドン・オリンピック代表の藤村義(自衛隊)も2回戦で姿を消した。
泉を破った下山田や藤村の行く手を阻んだのは髙橋で、結局、決勝は髙橋と井上の師弟対決になった。日体大の先輩後輩になるが、さかのぼれば、井上が兵庫・育英高で教師をやっていた時の教え子。「お互い手の内を知り尽くした」というより、まだ「井上の手のひらの上での一戦」と言えたのではないか。
井上は髙橋のパワーをいなしながらローリングなどでポイントを重ね、2分7秒、10-0のテクニカルフォール勝ちをおさめた。 決勝で闘う井上(青)
試合後、髙橋は「井上先生は自分のスタイルや不器用なところを一番知っている」と、潔く完敗を認めた。「泉先輩には練習試合で勝てたが、井上先生の壁は大きかった。冷静に見られて、僕がガツガツいくところを、さっと流されてしまった。さすがです」。世界8位やオリンピアンを破るだけの成長を見せた高橋も、まだ井上のが城を超えるには至っていなかった。
もっとも優勝した井上は、これで喜んでしまっては、ぬか喜びになる可能性がある。これからが本当のスタート。来年3月18~20日、カザフスタン・アスタナで開催されるオリンピック・アジア予選での出場枠獲得を目指す。
「オリンピック出場は自分の小さい頃からの夢。やっとチャンスが巡ってきたので、必ず枠をとって自分が出場したい」
井上は現在、三恵海運からのサポートを受けながら、母校・日体大で学生とともに1日2回汗を流している。あと3ヶ月、残された時間は少ないが、それまでに何をやるべきか。
井上は「体力強化も必要だけど」と前置きしたうえで、対外国人対策を語り始めた。「外国人選手は瞬発力があって、技の決定力もある。技ひとつひとつに対して、ちゃんと対策を練って自分の技でポイントをとっていきたい」。
カウンター攻撃を活かしたスタイルで、井上はリオデジャネイロ行きのキップをつかみ取るか。