※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫、撮影=矢吹建夫) この階級の第一人者に遠慮してか、派手なパフォーマンスはなし。控えめな笑顔を見せた中村倫也(専大)
殊勲を挙げた中村は「正直言って驚いています。周りからは『行ける』と言われていたけど、自分の心の中では、まだ高い壁だと思っていましたので」と第一声。勝利を求めて出場するのは当然だが、「相手が相手だけに、何が何でも勝つという気持ちより、強い相手と闘う時の緊張感を経験できればいい、と思っていた。思い切ってやることしか考えていなかった」と続け、“当たって砕けろ”の気持ちだったと振り返った。
殊勲の原動力は、4月のJOC杯ジュニアで高校選手(米澤圭=秋田・秋田商高)に3-10の大差で敗れたことだったという。「勝てると思って、相手をなめてかかった。すぐ終わらせてやろう、と思っていた。ポイントを取れなくて頭が真っ白になり、歯車が狂ったまま試合が終わってしまった」。
全国中学選手権で優勝し、JOC杯カデット優勝、世界カデット選手権3位、インターハイ2位などのエリートコースを歩んできた中村にとって、2歳年下の選手に負けたことは屈辱だった。しかし、この負けが「どんな相手でも全力で挑む」という気持ちにつながった。たとえ格上の選手が相手でも、その気持ちは変わらない。
この意識改革によって「変なあがり方をすることがなくなりました」とのこと。インカレでの優勝につながり、今回の優勝となった。インカレの決勝は日体大のレギュラーを勝ち取った山崎達哉が相手で14-6の判定勝ち。今大会では準決勝で山崎と対戦し、10-0のテクニカルフォール勝ち、2ヶ月前の勝利がまぐれ勝ちでなかったことを証明するとともに、実力差を広げた。 1-1で迎えた終盤、中村のタックルが決まった
■中村の参戦で、フリースタイル最軽量級が熱く燃える!
インカレでの優勝は、高橋が不出場だったことで、まだ将来の道は見えていなかった。世界5位の高橋を破った事実は、“真の学生一”を証明しただけでなく、自身もそれだけの実力があることを意味する。それを指摘されると、ちょっと照れたあと、「今までぼんやりでしかなかったリオデジャネイロへの道が、はっきり見えてきたような感じはします」と話した。
もちろん、高橋がこのまま下がっていくことはあるまい。中村が年下の選手に負けたことを転機として成長したように、初めて年下選手相手に黒星を喫した高橋が、この屈辱をエネルギーに変えて、より強大になることは十分にありうる。この結果が、次の試合でも再現される保障はどこにもない。
中村は「デフェンスは自信ありますが、アタックに行く力がまだ弱い。自分から取りにいく力をつけていきたい」と課題を掲げ、全日本選手権へ挑む腹積もり。他に、「勝敗というのは、その日のコンディションやメンタル面ででも変わってきますから」と、試合に臨む時の心身のコンディショニングの重要性も口にした。
高橋と森下史崇(ぼてぢゅう&Bum’s=アジア大会代表)の争いになると思われたフリースタイルの最軽量級。ロンドン・オリンピック3位の湯元進一(自衛隊)が戻り、中村という新星が参戦する状況となった。この日は中村に完敗したが、山崎も、そして高校三冠王の樋口黎(日体大=今大会は61kg級3位)も優勝戦線にからむ実力を秘めている。
新旧混じっての大激戦は、日本のレベルを大きくアップしてくれることだろう。