※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子)
レスリングのオリンピック場外問題から4か月。2020年大会に残留するためルールが大幅に変更され、5月下旬から日本でも施行された。
新ルールは3分2ピリオドのトータルポイントを競う方式。2004年アテネ・オリンピックまで施行されてきたルールに戻ったかのように思えるが、7点差がついた時点でテクニカルフォール勝ちとなって試合が終わることのほか、バックポイントが2点となり、これまでの1点から倍の点数になることが大きな違いだ。
全国大会として初めて新ルールで行われた全国中学生選手権。試合前にはルール説明会が行われた。
新ルールで実施された6月初めの関東高校大会(群馬・館林市)と全国中学生選手権(茨城・水戸市)の2大会は、ある共通点が出た。
関東高校大会には、4月のアジア選手権(インド)に派遣された酒井久治審判員(山梨・山梨学院大付高教)がジュリーとして参加。全国中学生選手権には、ロンドン。オリンピックでホイッスルを吹いた斎藤修・日本協会審判委員長(千葉・佐倉東高教)が来場し、試合を観戦した。
2人の国際審判員が新ルールを分析してくれた。今週末には世界選手権の代表をかけた全日本選抜選手権が行われるが、新ルールの攻略方法につながるヒントになるかも!?
■スタートダッシュした者勝ち!
2大会に共通だったことは、第1ピリオドの2分以内にフォールやテクニカルフォールで試合が終わってしまう試合が多かったこと。斎藤審判委員長は「選手が最初から攻めていますよね。以前は第1ピリオドをテクニカルフォールで終わらせても、次のピリオドがありましたが、新ルールは7点取ったら試合終了。7点取ってすぐに終わらせるという気持ちで試合に取り組んでいる証拠ですね」と第一声。
当初のグレコローマンのクリンチは、コイントスで勝った選手の好きな組み手による胸と胸を合わせる四つ組みスタートだった
勝負の白黒がはっきりつくため、酒井審判員は「以前あったやけくそチャレンジ(ダメ元でチャレンジスポンジを投げること)が減りました。チャレンジが少ないことは、試合の短縮につながります」と付け加える。
次々に選手が攻める理由は、“7点差終了制”だけではない。全国中学生選手権で優勝したある選手は、「今までは各ピリオドで1、2点取れば、4分(2分×2ピリオド)で勝ちでした。今のルールでは、1点や2点取っただけだと6分間試合をしなければいけません。1、2点を取って、残り4分以上を守り抜く方が(ポイントを取りにいくより)難しいです」と、攻撃の手を休めずに攻め続けた理由を話した。
齋藤審判長は「以前は4点ほど取れば、セコンドから『もう、無理をするな(攻めるな)』と声が飛んだ。新ルールでは7点取るまで攻め続けますね」。1ピリオドで試合が終わるという“ご褒美”は、選手の攻撃力を増す最大の特効薬となっているようだ。
■技の展開を阻害していたこれまでのボールピックアップ制度が廃止
―展開がなくてつまらない―
―くじ引き(ギャンブル)世界チャンピオン―
以前のルールは、ワンチャンスをものにすれば勝てるロースコアなレスリングが主流だった。2004年アテネ・オリンピック後に導入された当初、コイントス(その後のボールピックアップ)は2分以内で勝負をつけられなかった選手への“罰”として設けられた。「罰を受けたくなければ、2分以内でポイントを取りなさい」という目的があった。
新ルールにより、こんなシーンは“絶滅”
力が接近している選手同士の場合、6分(2分×3ピリオド)を通して技の展開が「ゼロ」という試合も見られた。新ルールでは、ディフェンスのレスリングが圧倒的に不利になることで、多くの選手が素直に攻め始めた。
■攻め続けないと“反則”がすぐに飛んでくる
選手が攻め始めた理由は、他にも考えられる。それはアテンション(注意)を厳しくとるようになったこと。1、2点を取っても、消極的な姿勢を見せるとすぐに注意が飛んで来て、2回目にはコーション(警告)が課せられる。3コーション失格制度は引き続き適応されるため、大量リードを奪っていても、決して安泰ではない。
斎藤審判委員長、酒井審判員の両氏とも、「今のところ、新ルールは成功に見える」と口をそろえる。だが、「攻撃を促すために作られたクリンチも、ディフェンスレスリングを生んでしまった。このルールが今後どのようになるかは、やってみないと分からない。また、今の選手は2分間のスタミナづくりしかしていない。各チームは練習メニューを変えてくるでしょう。各選手がルール対策をしてくれば、また試合展開は変わってくるかもしれません。まずは、6月の全日本選抜選手権が楽しみですね」と話しを結んだ。
果たして、世界選手権がかかる全日本レベルでこのルールはどう展開されるのか―。