日本にレスリングを“輸入”して普及させ、レスリング王国を築いた八田一朗氏の長男、米国在住の八田正朗氏が2026年6月9日、米国の自宅で死去した。87歳。ご家族が明らかにした。記念礼拝(しのぶ会)が8月30日、ミシガン州バークレーで行われる。
供花の儀は辞退。代わりに、「故人の遺志に基づき、米国レスリング殿堂博物館への記念寄付、または皆様が任意に選択される慈善団体へのご寄付を賜りますようお願い申し上げます」とのこと(下記参照)。
同氏は八田一朗・日本レスリング協会第3代会長の長男として1938年8月14日、東京都で生まれ、神奈川・慶應義塾高時代の1955年に全国高校選抜大会、1956年にインターハイでそれぞれ優勝。
その後、米国オクラホマ州立大へ進学し、4年生の1962年までに3度の決勝進出を果たし、最後の年に日本人として初めて全米学生(NCAA)選手権で優勝。同年の世界選手権(米国・トレド)・男子フリースタイル57kg級の代表にもなり、銀メダルを獲得した。引退後はウィスコンシン大学でアシスタント・コーチなどを務め、バロース社(現ユニシス)の社員として実社会でも活躍。
ベテランズの年齢になっても競技への情熱は衰えず、1992年世界ベテランズ選手権D(50~54歳)57kg級で日本人初のチャンピオンへ。翌93年もE(55~59歳)57kg級で優勝。その後も出場を続け、2006年まで13度出場。2000年にもE(56歳以上)58kg級で勝ち、通算3度の優勝を遂げ、「銀5・銅2」を獲得した。
全米レスリング殿堂のホームページには、「レスリングのためにあれほど尽力したにもかかわらず、報酬や賞を一切受け取らなかった」と記載されている。唯一、2007年に全米レスリング殿堂のミシガン支部からレスリングへの「生涯貢献賞」が授与されたという。
※「しのぶ会」、およびご寄付など詳細につきましては、下記サイトにアクセスください。