2026年東京都知事杯東日本学生リーグ戦は、一昨年、昨年と3位だった日大が23年ぶりの優勝を遂げた。大学4年生が21歳か22歳なので(浪人して進学した選手を除く)、23年前となると、現在のほとんどの大学選手が生まれる前のこと。2003年の日大の優勝を振り返ってみると…。(写真はいずれも2023年大会)
1997年大会で日体大の連覇を「18」で止めて優勝した日大は、その後、優勝から見離され、2000年大会で2位になったが、2001・02年とも4位。しかし、2003年は高校8冠王者(全国高校選抜大会V2、インターハイV3、国体V3=JOC杯などをいれると10冠)だった松本真也(京都・網野高卒)が加入し、優勝を狙う戦力がそろっていた。
予選グループ最終戦で前年優勝の拓大に苦杯を喫しながら、拓大が専大に負けていたことで、内容差で予選1位へ。決勝は反対ブロック1位で王座返り咲きを狙う日体大と対戦となり、第4試合の段階で4勝をマークしてチームの優勝を決めた(注=当時は軽量級から階級順の試合だった)。
日体大戦で第1試合(55kg級)を任されたのが、現在の齊藤将士監督(3年)。世界ジュニア選手権にも出場していた強豪相手に終了間際に逆転勝ち。チームに勢いをつけ、60kg級は前年の全日本学生選手権3位の藤本健太(現三恵海運監督)が勝利。
のちにベネズエラ代表で世界選手権に出場したマキシモ・ブランコ(宮城・仙台育英高卒)が66kg級で勝ち、74kg級を中筋祐太(現岐阜・大垣日大高監督)が勝ってチームの勝利を決めた。そのあともスーパールーキーの松本真也(前述)がアジア選手権代表選手に勝つ強さ。125kg級は西田耕一郎(現福井・福井農林高コーチ)が締めて6-1のスコアで勝った。
当時の富山英明監督(現日本協会会長)が勝因に挙げたのが、久古敏章主将(55lg級)の決断。大一番の“トップバッター”に主将を起用するのは常道だが、予想された相手選手との相性を考えると齊藤将士の方が上だった。迷っていたところ、久古主将から「チームの勝利を考えて選手を起用してください」と言ってくれ、迷いが消えて齊藤を起用。この采配が当たり、試合の流れを日大に引き寄せた。
優勝決定後のマットで富山監督のあとに胴上げされたのが久古主将。同監督は「彼が率いてくれたからこその優勝」と振り返り、試合には出なかったものの、主将のあるべき姿を高く評価し、感謝した。
この年は、全日本学生王座決定戦(現在は実施されていない)でも優勝。全日本大学選手権・大学対抗得点では日体大に続く2位に入り、好成績が続いた1年だった。
全日本レベルでは、2001・02年と2年連続で世界選手権の男子両スタイルでメダル「0」。フリースタイルに限れば、2000年シドニー・オリンピックを含めて6年連続でメダルがなく、現在のメダルを複数個取るのが“当たりまえ”という状況からは考えられないどん底状態だった。