(編集長=樋口郁夫)
※関連記事 → 2025年6月9日:「密室政治」で会長を決める日本レスリング協会に、未来はあるのか?
6月9日の“密室理事会”で提案された新理事案を入手した。現在の幹部の中で、富山英明会長、土方政和・多賀恒雄両常務理事の名前があり、6月26日の評議員会で認められれば、富山会長は13期目(25~26年目)、2人の常務理事は12期目(23~24年目)を迎える。
これはスポーツ庁が各競技団体の組織の硬直化を防ぎ、新陳代謝を促すことを目的として導入した「理事の在任期間は原則10年以内」とのガバナンスコード、および日本レスリング協会の規定「理事は、原則として、その在任期間が10年を超えるることのないよう5期を越えて理事に在任することができないものとする」を大きく逸脱する人事。
評議員会は、何の説明も求めずにこの人事を通すわけではないだろう。何らかの理由があり、例外規定によってその人事が提案されるのであれば、富山会長および当人は、評議員会、さらには会議後の記者会見に出席して質疑応答を受けるとともに、協会ホームページを通じて全国のレスリング関係者にきちんとした説明をする責任がある(取材申請しました → クリック。下記は質問事項の画像)。
そこで、どんな説明がなされるのか。スポーツ庁の掲げた理念を踏みにじって、すなわち反旗をひるがえしてまで理事を長く続けることに、全国のレスリング関係者が納得する説明ができるのか。スポーツ庁の規定には「再任されないことで運営に著しい支障が生じると判断される場合」には例外規定がある(それであっても、20年を超える在位が3人というのは、どうなんでしょう…)。「著しい支障が生じる」ことを、抽象的ではなく具体的に説明する必要があることは言うまでもない。
後述するが、ガバナンスコードを遵守しない今回の人事は、日本レスリング協会の組織をめちゃくちゃにし、日本代表となって国際大会に出場する選手の自己負担金の増大につながる危険性がある。評議員会は、選手と選手の家族のために、この人事案に毅然として「No!」を突きつけるべきだ。
ときを同じくして今月13日、日本バレーボール協会(JVA)の評議員会が、理事会から提案された新理事案を、理事会のガバナンス(統治)とコンプライアンス(法令遵守)の不備と欠如、隠ぺい体質を理由に否決した。帰化した女子選手の国籍変更にからんだ問題の責任の所在を明らかにしないことなどに対しての対応。“監視機関”としての役目をまっとうし、上下関係にしばられてきたスポーツ界において、画期的な決断と評価された。
さて、レスリング協会の評議員会は、スポーツ庁のガバナンスコードと協会の規定を守らない理事会の人事案に対し、どんな決断を下すのか。
私には、現執行部がスポーツ庁の定めたガバナンスコードを遵守しない理由が分からない。前回にも書いたが、全日本柔道連盟は2023年6月、これを守るため山下泰裕会長(当時66歳)自らが退き、最古参で2017年就任という若い理事会に変わった。先立つ2021年6月には、スポーツ界の総本山である日本オリンピック委員会(JOC)の役員改選があり、延期された東京オリンピックを目前にしながらも、福井烈専務理事(東京オリンピック団長=当時64歳)と田嶋幸三副会長(当時63歳)が「理事就任から10年を超える」ことを理由に退任した。
レスリング協会幹部は、まさか「オリンピックで金メダルを8個も取ったんだから、好きなことをやらせてもらう」と思っているわけではないだろう。そう信じたい。だが今回の人事は、「自分達は特別な存在だと思っている」と言われても仕方あるまい。金メダルを8個も取り、日本スポーツ界の顔になったからこそ、スポーツ庁の理念を受け入れて若返りを促進し、他の競技団体の模範となる行動をするべきなのではないか。
現在のレスリングの指導者の多くは、教え子に強さだけを求めてはいない。「強ければ、それでいい」ではなく、「強いからこそ、周囲から後ろ指を指されることのないように」と、強くなれなかった選手には「これからが本番。しっかりした社会人になりなさい」と教え、私生活から厳しい指導をしている監督・コーチが圧倒的に多い。
全国少年少女連盟は全国大会でマナー委員会をつくり、指導者の選手への体罰や度のすぎる叱責、審判への暴言などを厳しく規制し、規律を求めている。それによってキッズ選手の人間性の向上を願っているから、ほかなるまい。監督・コーチが審判をけなせば、子供は他人をけなすようになる。トップが決められた規則を遵守しなければ、下に示しがつかないではないか。現場で頑張っている人間が、きまりを守らない自分たちの協会にプライドを持てるだろうか。
スポーツ庁に反旗をひるがえす今回の行動は、国からの補助金の減額や協賛金の減収につながる可能性もある。
(2020年2月14日:共同通信配信)
スポーツ庁が、健全運営を促す指針「ガバナンスコード」に中央競技団体が違反した場合、合宿費用などトップ選手の活動を助成する強化費を最大20%減額する案を検討していることが14日、分かった。2021年度から適用を目指す。東京五輪に向けて拡大してきた国の支援の在り方を見直し、競技団体に適切な運営を促す狙いがある。
最近では日本バドミントン協会が相次ぐ不祥事(横領・隠ぺいなど)で国からの補助金を大幅に減額された。犯罪とガバナンスコードを遵守しないことと同じではないだろうが、金を出す側とすれば、自分たちの理念に従わない競技団体へ気持ちよく補助金を下ろせるものではない。今のレスリング協会の財政では、1割減であっても大きな痛手だ。「金メダル8個なんだから、削られるはずはない」との思いが、理事に居座り続けようとする人間の気持ちの中にあるのではないか。
2020年を最後に途絶えているテレビ中継問題にも影響する。テレビ局は現在、コンプライアンスに敏感。知り合いのテレビ局職員によると、競技団体の協賛企業にブラック(裏社会)とのかかわりの可能性があったら放映には慎重になり、過去であってもかかわっていたことが明白な場合は、放映はありえないそうだ。それほどまでコンプライアンスを重要視しているテレビ局が、ガバナンスコードを遵守しない競技団体の中継に積極的に動くものだろうか。
協賛企業もそうだ。東京オリンピックをめぐる利権の闇によって、企業のスポーツへの投資意欲は下がっている。今、競技団体に必要なことは、透明性のある団体運営と、ガバナンスとコンプライアンスの整備によってクリーンな組織をつくること。密室政治に終始し、スポーツ庁の定めた規則のみならず、自ら定めた規則も守らない競技団体が、協賛企業を数多く獲得できるものか。
実像を知り、企業イメージの悪化を懸念して去っていく企業もあるだろう。今春、不祥事のフジテレビから多くのスポンサーが離れたことを、「他山の石」(自分とは直接の関係がないことであっても、自分の行動の参考にできること)ととらえるべきだ。
これらは、すべてレスリング協会の収入減となる。当然、一昨年から何の説明もなく急激に上がった海外遠征の自己負担金が、さらに増えることにつながる。海外の大会に出場して鍛えたい選手にとっては大きな問題。前述のバドミントンで最近、日本代表選手が自己負担金の多さを理由に海外遠征を辞退したニュースを読んだ人も多いと思う。それがレスリング界にも及ぶ可能性は十分にある。
そうなっても、理事や評議員は痛くもかゆくもない。「ガバナンスコード違反との因果関係は不明」と逃げる幹部の姿が目に浮かぶ。選手の自己負担金がこれ以上増える可能性のある選択はするべきではない。“違反人事”に対する評議員会の任命責任も、当然、問われる。
繰り返すが、6月26日に行われる評議員会は、理事会から提出される「スポーツ庁と協会の双方の規定を守らない人事案」を却下するべきだ。参考までに、日本協会HPに掲載されている評議員の名簿を下記に記載する。一人一人が、責任をもって日本レスリング界の将来に“1票”を入れてほしい(各地域と傘下連盟の代表なのだから、「1票」ではないことを認識してほしい)。
それ以前に、現理事および新理事候補の中からも「この人事はおかしい」との“まっとうな声”が挙がってくれることを強く望む。付和雷同(しっかりした考えがなく、多数や実力者の意見に同調すること)する人間に、理事の資格はない。
《日本レスリング協会・評議員》
【北海道】平澤光志、【東北】上野三郎、【北信越】池田進、【関東】海老澤正道、【東京】古里光弘、【東海】三宅正徳、【近畿】田中秀人、【中国】守田武史、【四国】山田円博、【九州】矢山裕明、【社会人】本田原明、【全日本学生】市橋敏之、【高体連】真田栄作、【全国中学】矢後眞直、【少年少女】押田博之、【全日本女子】鈴木光、【マスターズ】田村知一、【格闘競技】田中弘済、【外部評議員】金森仁、清水修、猪崎弥生、【理事会推薦評議員】磯貝頼秀、朝倉利夫、田原淳子、村上富栄
前術の日本バレーボール協会評議員会の理事会案の却下に際し、バレーボールマガジンwebサイトでは、協会のガバナンスやコンプライアンスの欠如を厳しく指摘する一方、「救いは、チェック機関でもある評議員会が、その機能を発揮した点だ。評議員会は、理事を選任するという大きな権限を持ち、会長を再任しないことも可能だ。審議を“拒否”し、単なる追従機関ではないことを証明した評議員会。JVAの体質を改善し健全な組織にするためにも、徹底解明を期待する声がバレー界には強い」と結び、監査機関としての評議員会を高く評価し、今後の活動に期待している。
26日のレスリング協会の評議員会のあと、このような記事を書きたい。そうでない結果になったとしても、私は「日本レスリング協会を若い人間の集団にするべきだ」という闘いをやめることはない。昨年の夏、パリ・オリンピック代表が「レスリングをメジャーにしたい。協会には期待できない」として自ら動いたことなど、現場で必死の思いで闘っている指導者と選手の熱き思いが伝わってくるからだ。
その熱量を感じる限り、お年寄りからは恨まれようとも、若くて情熱のある人間が生き生きと活動できるレスリング界の実現に、微力ながら協力していきたい。
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