女子レスリングがスタートして長い時間が経ち、女性の監督やコーチも珍しくなくなった昨今。各世代の女子日本代表チームの海外遠征でも、女性の監督やコーチの姿が普通にある時代となった。だが、日本代表チームの監督やコーチともなると、選手時代や指導者としての実績が重要視されるのは男子の場合と同じだろう。
これまでの女子日本代表チームの監督やコーチは、世界チャンピオンであるナショナルチームの吉村祥子コーチ、兵庫・芦屋学園高中の坂本涼子監督、京都・丹後緑風高の正田絢子コーチ、強豪選手を多く輩出している東京・安部学院高の齋藤ほのか監督などが務めることが多かった。
今年のU17アジア選手権(6月23~26日、ベトナム・ブンタウ)の女子チームの監督は、昨年の大会にコーチとして帯同した千葉・野田中央高の赤坂美里コーチが務める。中学時代に全国チャンピオンがあるが、青森・八戸工高~国際武道大時代に全国チャンピオンはない。現在、野田中央高の女子選手は1選手のみで、まだ全国チャンピオンは生まれていない。これまでの女子監督・コーチとは“毛色”が違っている。
同じ関東の高校として出げいこなどでお世話になっていた全国高体連レスリング専門部の平井満生強化委員長(山梨・甲府城西高教)から日本代表チームのコーチに抜てきされた。同委員長は「選手への心配りや気付きが大変細やかにできる素晴らしい指導者・教育者です。強化委員に加わっていただき、大会の引率もお願いしました」と説明した。
指導に必要なものは何か、を考えさせてくれる人選。選手として成績を残せなかったとしても、レスリングへの愛情と情熱があれば、日本代表チームに入ることができるケースとして、多くの女子選手・指導者のモデルケースとなりそうだ。
赤坂コーチ(注=高校での肩書を使用します)は昨年、日本代表チームのコーチとして声をかけられ、「選手としての実績もないし、強豪チームでもまれたわけではなかったので、私でいいのかな、と思いました。でも、指導者のスキルを向上させるにはいい機会かな、と思いました」と振り返る。
所属する高校生の指導とは違う日本代表選手の指導には、ふだんと違う緊張感があったが、日本代表選手の試合と海外選手の技術を生で見られたことは、指導者として得るものは多く、「帰国してからの指導が変わりました」と言う。ただ、1年後に監督を頼まれることになるとは、「思ってもいなかったです。責任をずっしりと感じます」と苦笑いする。
元々、顧問の先生にあこがれて教員と指導の道へ進んだので、考えていた人生設計通りの道。「選手としての実績はなくとも、一生懸命にやっていれば指導者としてそういう(日本代表チーム入り)道が開けるんだな、と感じています」と言う。
「U20やシニア・チームの監督は?」との問いに、「そこまでは、とても…」と“固辞”するが、監督としての実績を積み重ねて選手や周囲から評価されれば、ありえないことではないだろう。指導者にとって選手時代の実績は、あった方がいいだろうが、絶対に必要な条件ではない。
レスリングは小学校2年生のとき、運動が苦手だったことで親から近くの青森・八戸クラブへ連れて行かれ、週2回、1ヶ月の体験入部で入ったのがきっかけ。1ヶ月が経ってどうしようか迷っていたとき、沢内和興代表が「大会に申し込んだよ」と言ってきて出場するはめになり、現在まで続いているという。
入部したときは、伊調千春さん・馨さん姉妹の出身クラブということは頭の中になかった。そのうちに世界での活躍を知るようになり、あこがれの存在となった。中学時代の2005・06年に全国大会2連覇を達成したのは、「千春さんや馨さんにあこがれて頑張れた面はあったと思います」と振り返る。
八戸工高時代は全国高校女子選手権2位などの成績。トレーナーの道を目指す気持ちがあったので、無理にレスリングの強豪大学を目指すことをせず、その道を目指せる国際武道大へ。同大学の指導者は1988年ソウル・オリンピック金メダリストの小林孝至監督。女子を含めて部員数の少ないチームながら、2011年の全日本選手権に出場できるまでに成績を残せたのは、オリンピック・チャンピオンの指導のおかげだろう。
ただ、「的確な指導なんですけど、とても言われた通りにはできませんでした」とか。その分、自分でもできるように考えながらやっていたそうなので、「考えて練習すること」が実力を伸ばしてくれた。
国際武道大を卒業したあと、故郷の青森県へ戻って非常勤講師をやりながら、正教員としての道を模索。大学時代をすごした千葉県の教員に採用され、関宿高校で3年間をすごしたあと、野田中央高校へ赴任。今年が5年目。6人の男子選手と1人の女子選手を相手に、強豪の日体大柏高校を追い越すことを目標に、一人でも多くの全国大会出場選手輩出を目指して情熱を燃やしている。
公立高校でスポーツ推薦といった制度はないので大変だが、周辺の中学にはクラブ活動でのレスリング部がある学校がいくつかあり、レスリング経験者が入部してくることが多い。「選手としての実績はなくとも、一生懸命にやっていれば花開くことを(自分の生き方を通じて)見せたいですね」と言う。
同高で8年目を迎える渡辺大監督(自衛隊レスリング班OB=現在の湯元進一監督と同期)は、4年前から赤坂コーチを見ている。日本代表チームの監督に抜てきされた大きな要因は「責任感の強さでしょう」と言う。ふだんの練習は約3時間だが、自主練をやる選手がいれば、終わりまでつきそい、保健体育教員としての授業の準備もあるので帰宅が夜遅くなることもある。それでも翌日の朝練習にもきちんと参加。必死の思いで選手の強化に取り組んでいるという。
さらに、研究熱心さを挙げる。全日本選手権や世界レスリング連盟(UWW)の動画を見て、最新の技術の研究も怠りなく、強豪チームへの出げいこではトップ指導者から技術を学び、自分でも実践して指導へ役立てている。赤坂コーチは、大会では「セコンドが試合中の選手にどんなアドバイスを送っているかも聞いて、学んでいます」と話し、選手を勝たせるためのアドバイスの内容も研究しているという。
マネジャーなら、無理に技術や戦術を学ぶ必要はないだろうが、セコンドにつく以上、技術面の知識は必須条件。大会に参加して経験を積むことで、日本代表チームの監督にふさわしい力量を身につけていくことだろう。
教えられている選手も、赤坂コーチの日本代表監督への抜てきは大きなモチベーションだ。佐々木柊夢主将は「自分もそうなりたい、という気持ちが芽生えました」と、唯一の女子選手である加藤空選手も「自分はまだ世界に行けるような選手ではないので(日本代表チーム入りは)尊敬します。自分もそうなれるように頑張りたい」と、それぞれ後を目指したい気持ちを話す。
ともに、指導の熱心さと面倒見のよさを口にする。熱心に研究し、責任感をもって指導する赤坂コーチの日本代表チーム監督への抜ってきは、地道に活動する高校指導者の手本となることだろう。