※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=ジャーナリスト・粟野仁雄)
世界3位の鏡優翔(東洋大)が負傷で途中棄権した2022年全日本選手権・女子76kg級は、17歳の茂呂綾乃(東京・安部学院高)が初優勝した。
勝利を決め、マットサイドのコーチらと抱き合うと慌てて表彰台に走った。中央に登って表彰状を持つその顔は終始、涙に暮れていた。
「高校最後の試合だったので」などと涙の理由を明かした記者会見では、早々に「パリで金メダルを取ります。以上」と話して、しばし記者たちの反応を見た。少し笑わせようとしたのか、それともまだ慣れていない記者会見を早く終わりにしたかったのか。
準決勝で今年8月のインターハイ(高知市)の決勝で快勝した髙巢菜々葉(大阪・堺リベラル高)をテクニカルフォールで破った。だが、勝ち上がった翌日の決勝戦は最初から膠着した。
相手は20歳の山本和佳(至学館大)。互いにけん制し合って、どちらもなかなかタックルに入れない。結局、相手のパッシブで茂呂が1点を取っただけで第1ピリオドを終えた。第2ピリオドも相手のパッシブで1点を加点。しかし、逆にパッシブで1点取られる。残り38秒で茂呂が2-1のリード。しかし場外に押し出されて2-2となる。
だが終了間際、茂呂は思い切って飛び込んでバックを取り2点取る。双方、立ち上がって組み直したところで試合終了。緊迫の大熱戦を4-2で勝利した。がっくりとマットに突っ伏す山本をしり目に、スタンドに向けて高々と右手を上げた。
試合中のアドバイスについて、茂呂に「全く記憶していません」と言われてしまった今佑海コーチだったが、「最後にバックを取りにいったのがよかった」と、最後に相手の一瞬の隙を逃さなかった愛弟子を称賛した。
東京都足立区出身。4歳からレスリングを始めた。修行のような形で「至学館クラブ」に加わり、全国中学選手権3連覇。安部学院高に入学し、今夏、インターハイで2連覇した後、8月にブルガリアで行われたU20世界選手権でも優勝した。それこそ注目の新鋭だ。全日本選手権は年齢制限があったため昨年までは出場できず、今回、初出場で初のチャンピオンに輝いた。
安部学院高で部活のない日は、来春から入学予定の山梨学院大学に足を運び、男子選手らと練習するという。
「緊張してどこ向いて話したら分からない…。ヤバイ」などと恥ずかしがっていた記者会見で、ショートカットの髪型やピンクの靴のことを「安部学院で練習されている志土地さん(真優=東京オリンピック53kg級優勝)への憧れからですか?」と問われると「そうじゃないんです。髪は自分で似合うかなと思って…」「ピンクが好きなんです」と鮮やかなピンク色のマットシューズを指さした。
優勝候補の一角の鏡優翔の途中棄権は予想外だった。「対策を考えてきた。一回はやりたかったです。棄権はショックでした」。17歳の挑戦者らしく、ライバルが減ってラッキーなどという考えはさらさらない。
「今回勝たなくては意味がなかったので」と、パリ・オリンピックへ照準を定めた発言もしていた。8月のインターハイ決勝の後、マスクを取っての撮影を頼んだら「やだあ~」と恥ずかしがっていた頃よりは少し、取材にも慣れたか。
浜口京子さん、皆川博恵さんに続く女子レスリング界重量級の新たなスターの座を争う闘いが、本格的に始まった。