「日本史上最強の選手に『同じ階級でなくてよかったよ』と言わせた不屈の男」
文=白石孝次(元東京スポーツ新聞社)
無敵の世界王者、高田裕司が敗れた1978年世界選手権。日本の金メダル0のピンチを救ったのは、高田に「同じ階級でなくてよかった」と言わせた努力の男、富山英明だった。
(本文より)
全日本を取った富山は、この年メキシコシティーで開かれる世界選手権のため、全日本の長野県菅平(海抜約500m)での高地合宿に参加。52kg 級で大学2 年から6連覇中の髙田裕司と同じマットに立った。
髙田は手が長く懐が深い天才的なレスラー。階級が隣同士。2人は自然にスパーリングを繰り返した。構え合う2 人の周囲にはオーラがかかり、すさまじい火花が散っているように見えた。「取材に来て良かった」と思った。“凄い試合”だった。監督もコーチも、しばし観戦者となっていた。
「富(山)と同じ階級でなくてよかった」と髙田はしみじみと語っていたのを覚えている。合宿中、毎朝恒例の“根子岳(海抜2207m)レース”。それまでは髙田の独壇場。だが、富山の参加で指定席を明け渡した。「富にはかなわねぇ」と苦笑していた。
世界選手権3連覇、モントリオール・オリンピック金メダリストの髙田と互角の勝負。「これなら世界で勝てそうだ」と思った。予感は当たった。8月のメキシコシティーでの世界選手権、モンゴルのオウインボルトを8-5の判定で破り、初の世界王者となった。