※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=谷山美海/撮影=矢吹建夫)
2021年全日本選手権・男子フリースタイル86kg級は白井勝太(HAKOBEE SPORTS)が4年ぶりの日本一に輝いた。決勝では全日本選抜選手権2位の松雪泰成(レスターホールディングス)を5-4で破り、激戦階級を制した。
全日本レベルの大会での優勝は2018年全日本選抜選手権以来で、全日本選手権に限れば2017年の初優勝から遠ざかっていただけに、「4年前に初優勝したそのときよりもうれしいです。4年間優勝できなかったので、内容はどうでもよくて、ただ優勝しようと思っていました」と、日本一の喜びもひとしおだった。
試合終了と同時に力強く両手でガッツポーズを決めると、一目散にセコンドの元へ駆け寄り熱い握手を交わした。この日、第1セコンドに座ったのは渡邊浩正監督。白井の父・正良氏が代表取締役社長を務める株式会社ハコビースポーツの社員であり、運営するスポーツクラブで監督としてキッズの指導をしている。
学生時代は剣道にいそしみ、レスリングを始めたのは自身の3人の子どもがキッズ・レスリングを習い始めた約13年前からという異色の経歴の持ち主。現在は公認レスリング指導員資格を取得し、白井と一緒に子どもたちの指導を行っている。
渡邊監督は「全日本で優勝できるレベルの実力者なので、技術に関して僕が勝太に何かを言うことはないです。でも悩みを聞いたり、声を掛けたりくらいならできるかなと」と話す。前日には白井が指導するキッズからの応援メッセージの動画を送るなど、精神面でのサポートを買って出た。
白井は、社会人になって、周囲が自身の競技のために時間を費やしてくれるありがたみを強く感じるようになったと言う。「いつも僕のために声を掛けてくれて、自分の時間を犠牲にして、今日も仕事を休んでここへ来てくれて…。前日も応援メッセージを見て、頑張って勝ちにいこうと思えた。優勝したら握手をしに駆け寄る気満々でした(笑)」。日本一になった喜びと、陰ながら支えてくれた感謝の思いを一番に伝えたかった。
1999年頃に父が開いた道場で3歳から競技を始めてから、レスリング漬けの日々。2013年の自身初の全日本選手権出場時には、父・正良氏と初戦で激突し、史上初の親子対決で注目を集めた。キッズを指導する中で、子どもの頃にレスリングをしていたことを思い出すことが増えた。
競技を始めたときのことを振り返ってもらうと、「年々、勝つ喜びよりも闘う苦しみが増すように感じるところもありましたが…。どちらかと言うと、子どもの頃より楽しいです」とためらいなく答えてみせた。
昔は理解できなかったことが論理的に分かるようになったこと、勝てなくても勝てる道筋を模索できるようになったこと、力をつけて試合で勝てるようになったこと。何よりも「社会人になって、レスリングができることが恵まれていると思ってからは、レスリングが楽しいです」。
トップレベルで闘い続けながらも、子どもたちにはレスリングの楽しさを一番に伝えたいと言う。
来年2月から所属が株式会社クインテットへと変わる。「(現所属の)最後に日本一になって、これまでのお礼を伝えられてよかったです。新しい所属に対しても勝てる姿を見せられてうれしかったです」。
世界レスリング連盟(UWW)公認の米国ドラマー社製レスリングマットの日本唯一の正規代理店であるハコビースポーツ。所属が変わっても、父が輸入販売するマットの上で一つでも勝ちを積み重ねられるように―。最後まで「不器用なレスリング」をやり通してみせる。