2012.08.08

【ロンドン五輪第3日・特集】夢の五輪で悔やまれる試合をした…藤村義(自衛隊)

※本記事は日本レスリング協会公式サイトに掲載されていたものです。

 “西日本の雑草魂”輝けず―。徳山大出身で初の五輪出場となった男子グレコローマン66kg級の藤村義(自衛隊)は、初戦(2回戦)で昨年世界5位のジャスティン・レスター(米国)と対戦し、ストレートで敗退し上位進出はならなかった。「初めての五輪でうまくいかなかった。緊張もしたプレッシャーもあった」と実力を出し切れなかったようだ。
 
 レスターとの初戦、第1ピリオドのディフェンス・グラウンドでは、相手攻撃を切ってスタンドに戻し、勝利を期待される動きを見せたが、「うまく立ち上がったんですけど、減量の影響で足がフラフラしてしまった」とスタンドになった残り20秒で胴タックルから崩されて3失点。「減量後のことはいつも同じ。立ち上がらず、腹ばいで防ぐべきだった」と減量明けの1回戦という状況を鑑みない試合運びが仇となってしまった。第2ピリオドもスタンドでがつがつ来る相手に翻弄され失点。このピリオドのグラウンドは藤村に攻撃権があったが、その権利も消滅し2分間のスタンド戦を1-3で終え、試合終了となった。「これで引退かもしれないので、(今後の)課題とか(言っている場合)ではない。めちゃくちゃ悔やまれます」と悔いの残る試合になってしまった。
 
 今回の五輪代表選手の中で一番の雑草選手だ。日本の大学レスリングは東高西低と言われている。西日本の大学からナショナルチームに入るだけの力をつける前例は数が少ない状況だ。だが藤村は大学を卒業すると自衛隊に進み、地道に力をつけて2008年北京五輪予選代表になり、今回はその予選を突破して夢の五輪に出場した。自衛隊の壮行会では「自分の尊敬する元木コーチの記録(シドニー五輪9位)を超えた金メダルを目指したい」と世界の頂点を意識した意気込みを見せていたが、実行できなかった。
 
 66kg級は4年前の北京五輪では出場すらできなかった階級。日本として8年越しの想いを叶えた歴史を残したことには変わりがない。「両親と6人の兄弟をロンドンに連れて来られてよかった」。悔やまれる試合とはいえ、66kg級の責務を果たしてロンドン五輪の試合を終えた藤村には少しばかりの達成感が混じっていた。