※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治、撮影=矢吹建夫)
「兄に続いて弟も負けたら、父親がショックで仕事に行けなくなる」
2020年全日本選手権・第3日。男子フリースタイル86㎏級は石黒隼士(日大)が初優勝を遂げ胸をなで下ろした。
前日、は兄・石黒峻士(新日本プロレス職)が男子フリースタイル97㎏級で決勝まで進出したものの、赤熊猶弥(自衛隊)にテクニカルフォール負けを喫していた。父は息子たちレスリングをすることを幼少の頃から熱烈に応援してくれているので、そろって負けるわけにはいかなかった。
新型コロナウィルスの影響で今年はいつもと違う1年だったことも、石黒の優勝に対する思いを強くした。
「先月は大学でしばらく練習できない期間があった。それ以前にはけがをして練習できない期間があった。正直、満足な練習ができない中、優勝することができたので素直にうれしい」
最大の勝因として、石黒は“頭を使ったレスリング”を挙げる。「練習する時間が少ないという問題もあったので、いかに効率よく無駄なく練習することを心がけました。一番鍛えたのは頭かもしれない(苦笑)。頭を使って、楽をして勝つことを追い求めていました」
キッズ時代、よく一緒に遠征にいった乙黒兄弟(圭祐・拓斗)が東京オリンピック代表に内定したことも大きな刺激になった。「遠征のたびに、かわいがってもらいましたからね」
決勝を争ったのは、日大の先輩である白井勝太(HAKOBEE SPORTS)。先輩ということで、気持ち的なやりづらさがあったことは否定しない。「でも、レスリングは勝負の世界。それは割り切って闘いました」
石黒は片足タックルからバックを狙ってきた白井の動きに耐え、うまく切り返して2点を先取する。さらに、ピタリと相手に張りついた片足タックルから大きく持ち上げてテークダウンを奪うなど、第1ピリオドが終わった時点で8-2と大きくリード。そのスコアのまま試合終了のホイッスルを聞いた。
「本当はスロースタートを切る予定だった」と振り返る。「でも、試合の流れ的に点数を取られると思ったので、気持ちを切り替えて第1ピリオドから攻めるように心がけました」
初優勝だというのに、優勝を決めた直後の石黒に笑顔はなかった。なぜ?
「高校くらいまでは、勝ったら思い切りガッツポーズをしていました。でも、一度負けて悔しい思いをした時、対戦相手も自分を倒すために人生を賭けてきていることに気づいた。いろいろな意見があると思うけど、それからは、闘った人の前でガッツポーズをするのはよろしくない、と思うようになりました」
来春から大学4年生になる。石黒は「レスリング人生で最後の年になるかもしれない」と語る。「もう14年くらいレスリングを続けているので、しっかりとした成績を残して、いい終わり方ができればいいと思う。ただ、選手活動を認めてくれるところに就職できれば続けようという思いもあります」
自身のレスリング道を貫きながら、石黒は大きな節目を迎えようとしている。