※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・写真=布施鋼治)
現在では、ユーチューバーは子供たちが憧れる職業のひとつ。レスリング関係者の中にも、何人かユーチューバーを名乗る者が現れた。かつて男子グレコローマン71kg級ほかで全日本選手権を3度制し、アジア王者にも君臨、昨年12月の全日本選手権を最後に引退宣言した泉武志さんもその一人だ。ユーチューバーになったきっかけは、昨年、地元愛媛県の何校かの中学校で講演させてもらったことだった。
「『夢と目標がある人?』と聞いた時、半分以上の生徒が手を挙げなかった。子供は日本の大きな財産。これはまずいと思い、何か力になりたいと思ったんですよ」
そんなモチベーションが、なぜユーチューバーと結びついたのか。「僕は東京から愛媛まで歩いて行ったこともある。最初は自転車で日本を一周しながら全国で講演したいと思っていました。その場でレスリング教室もやれば、レスリングの普及にもつながりますしね」
しかし、コロナによって、泉さんの計画は全て白紙に。そこで発想を転換し、「いまやれることから始めよう」と心に決めた。
「まずは発信力のある人になって、少しでもみんなに届く人になりたい」
思い立ったら、行動は早い。今年3月に『たけしのまんま』というユーチューブチャンネルを開設した。カメラマンはボランティアに頼むが、企画・編集は全部自分ひとりでやっているという。
「本当は雇いたかったんですけど、お金もなかったので自分でやっています。昔、テレビのAD(アシスタントディレクター)を9ヶ月ほどやっていたことがあるので、そのキャリアがいまになって活きている。テロップ入れにはメチャクチャ時間がかかっています」
製作本数は多く、最低でも週2~3本はアップするペースで製作している。中でも、日体大時代の同期・芦野祥太(WRESTLE1~フリー)にプロレス技をかけてもらう『レスリング全日本チャンピオンならプロレス技に耐えられる!?』は、最多となる20万回以上という再生回数を記録した。
「プロレスラーの技を受けるというパターンは過去にもあるけど、アスリートが受ける、というのは今までになかったと思う。鍛えた人が受けたらどうなるのか。そこが面白かったんだと思います」
ブラジリアン柔術の第1人者である中井祐樹・日本ブラジリアン柔術連盟会長には柔術マッチを挑んだ。「柔術も、見るだけと体験するのとでは全然違う。勝てない勝負に挑むのも、また面白い。こんなところでは極まらないだろうとたかをくくっていたから、段違いアームバーを極められました。中井さんのグラウンド力は結構ためになりましたね」
東京タワーの階段を腕立てジャンプで登り切るというオリジナリティがあふれる企画も。「レスリングの経歴に縛られたくなく、『何かやり遂げた人』という称号が欲しくて挑戦しました。補強練習の中で一番きついのは腕立てジャンプ。その練習メニューを使い、何かやってみたかったというのもあります」
体を動かすだけではない。知人の漫画家・天野なすのさんに頼み、漫画を書く回もある。「最初は仕上げるところを見ていようと思ったけど、『書いてみようか』と言われて書いてみました(微笑)。通常の撮影は40分くらいが多いけど、あの時は全部で3時間くらい収録しましたね」
現在『たけしのまんま』の登録者数は3100人ちょっと。泉さんは「年内には1万人に乗せたい」という夢を抱く。
「ほかにもひとつやりたいことがあるけど、いまはユーチューブですね。僕は旅が好きなので、(コロナが明けたら)全国の強い人に会いに行きながら鍛えたい。それをユーチューブにしたらめっちゃ面白いと思う」
夢を持って生きることを子供たちに伝えるために、泉さんも夢を持って生きている。