※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治)
キッズ・レスリングの大会では数多くの優勝者を輩出しているAACC(東京都品川区)。クラブ名は「エー・エー・シー・シー」と呼ばれることが多いが、「アベ・アニ・コンバット・クラブ」が正しい。代表は阿部裕幸さん。愛知・名古屋工高~拓大とレスリングで汗を流し、その後は総合格闘家として活躍した名伯楽だ。実弟正律さんも兄と同じ道をたどったこともあり、“アベ・アニ”の愛称で親しまれるようになった。
道場のレッスンはキッズ・レスリングだけではなく、ブラジリアン柔術、総合格闘技、キックボクシング、空手のクラスもある。キッズ・レスリングのそれはゴールドジムの大森、行徳、東中野の3カ所で開かれている。阿部代表は指導で多忙な毎日。神奈川県の自宅に戻れるのは、いつも日付が変わった頃だという。
そんな日常に大きな変化が訪れた。新型コロナウイルスの拡大によってゴールドジムは閉鎖となり、AACCも休業を余儀なくされた。「4月の頭から2カ月ほど休みにしました」
その間、他のキッズ・レスリングの代表たちと話し合い、4月下旬からズームによるオンラインレッスンをスタートさせた。「やるしかないと思い、火曜から土曜まで毎日午前中にやっていました」
クラス再開は緊急事態宣言が明けた6月1日。阿部代表は集まってきたキッズたちの体力が落ちていることにがく然とした。「オンライン・トレーニングで1時間くらい動いていたけど、やっぱり、それだけでは限界がある。今日の練習場所である大森はスペースが広いので、走らせることが多くなる。まずは体力を戻させないと。再開して3週間ちょっと。やっと体力が戻ってきた感じだと思います」
練習では全員にマスク着用を義務づけ、マットに入る直前にはみな上空に消毒スプレーを噴射して頭から被るなど消毒作業を徹底させていた。「普段から手洗いやうがいはしていたけど、今ははさらに消毒を徹底するしかないと思っています」
約2時間の練習時間のうち、前半は体力作りトレーニングに当てられていた。号令が必要なエクササイズになると、キッズたちは「1、2、3…」と声を出す。阿部さんは「声ありは(6月)第3週の真ん中あたりから」と明かした。「日本レスリング協会のガイドラインに沿い、再開当初は声出し厳禁で、ソーシャルディスタンスをとったうえでのトレーニングしかやっていませんでした」
再開当初、組んでの練習は一切なし。阿部代表は“シャドーレスリング”を実践させた。「自分で分かっていないとその形ができないので、エアーでも練習になる。(距離を保ちながら)練習相手と向き合った際にはフェイントを入れたり、タックルを切ったりという動きをずっとやっていました」
その後、段階を踏んで練習を継続。マスクを着用したうえだが、スパーリングは第4週になってようやく再開した。阿部代表は「練習中はマスクを外させたいんですけどね」と本音を漏らす。「練習をやっている間に、特に相手をがぶったら、いやがうえにもマスクが取れてしまいますからね」
その一方で、我慢の時期であることも十分に分かっている。「今は楽しいと思える遊びを増やしている。尻尾取り(ズボンの後ろにタオルやハンカチを半分だけ入れ、それを奪い合うゲーム)や綱引き、大縄跳びを取り入れたりしています。『今日はレスリングの練習に来て楽しかった』と思ってもらって終わりたい。やっぱり、続けるためには楽しいことが一番ですからね」
取材中、目の前ではキッズ総合格闘技クラスの生徒がオープンフィンガーグローブをつけて練習していた。スパーリング一本終わると、阿部さんはマスクをつけたまま叫んだ。「ハイ、もう一本!」