※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治)
味の素トレーニングセンターにあるレスリング場。ホワイトボートに貼られた女子強化合宿のスケジュールを見ると、びっちりと練習メニューが書き込まれている。休日以外は息をつく暇もない感じだ。
その練習量について水を向けると、世界選手権の女子76㎏級代表の皆川博恵(クリナップ)は、笑顔とともに口を開いた。「まあ、できるだけ若手について行きつつ、自分のペースで調整していきたい。若手のペースに合わせてやっていると、体の負担が大きくなる。でも、やらないで世界選手権に臨むわけにはいかない。自分でやったと思えるような練習をしっかりやってから臨みたい」
マイペースの調整には、もうひとつ理由がある。2016年リオデジャネイロ・オリンピックの前、皆川は出場の第一候補でありながら、けがで出場を断念せざるをえなかった苦い過去があるからだ。「あの時の反省も踏まえ、大会まではマイペースの調整に専念しようと思います」
6月の全日本選抜選手権では、72㎏級の全日本チャンピオンで東京オリンピック出場を目指して階級を上げてきた鏡優翔(JOCエリートアカデミー/東京・帝京高)と予選リーグで激突。接戦が続く中、試合終了間際にバックに回られ、1-3で敗れた。皆川は「あの時は相手が技をかけてきた時に返して、あるいは押し出しなど楽をして勝とうと思っていた部分があった」と反省する。「やっぱり自分からきちんとポイントを取りにいかないといけない」
出場が6選手の場合のルールに救われ、翌日の決勝トーナメントを勝ち上がり、決勝戦で再び鏡と相対した皆川は3-1で雪辱した。「自分のやるべきことをしっかりやろうと思いながらマットに上がりました。ここで思い切っていって負けたとしても、プレーオフで頑張ればいい。そう開き直っていました」
今年5月には、初の試みとしてフィンランドで行なわれた68㎏級以上の女子レスラーが一堂に会する国際合宿に参加。世界の強豪を相手に腕を磨いた。「私はふだん男子高校生と練習しているけど、国内には自分より大きな同性の選手はいない。だから自分と同じ、あるいはそれ以上の体格の選手たちと数多く手合わせできたことは本当に良かったと思う」
世界選手権で当たる可能性の高い相手とも積極的に手を合わせた。「手の内を見せないとか考えていたら、合宿に来た意味はない。私は技の数が多い方ではないけど、中に入り込んでみたり、いろいろ試してみました」
そうした中、2012年ロンドン・オリンピック72㎏級金メダリストのナタリア・ボロビエワ(ロシア)に手応えを感じたという。「すっごくバテバテになるんですけど、決めるところは決めてくる。フォールできるような技はたくさん持っていました。ナタリアと闘うなら、私はスタミナで勝負するしかない」
世界選手権は2年連続3位。3年連続出場となる今回は「メダルを獲得して、東京オリンピック内定を決めること」と明確な目標を置く。「みんな東京オリンピックという目標に向かって頑張っている。いいムードだと思います」
リオデジャネイロ大会に出られないことが決定した時には、「引退」の二文字が脳裏をよぎった。それでも、皆川がレスリングを続けたのは「楽しいから」。「私は何があっても頑張るだけです」。皆川の口から発せられる「頑張るだけ」は他の選手が語るそれとは、重みが違う。
2019年世界選手権=東京オリンピック第1次予選(9月14~22日、カザフスタン・ヌルスルタン) | |||
女子76kg級代表・皆川博恵(クリナップ) 1987年8月19日生まれ、32歳。京都府出身。京都・立命館宇治高~立命館大卒。162cm。2006年アジア・ジュニア選手権67kg級優勝などで頭角を表す。2012年に全日本選抜選手権72kg級で優勝し、世界選手権は11位。75kg級で2013年世界選手権9位、2014年7位と順位を上げた。負傷で2015年世界選手権を棄権。オリンピック予選に間に合わなかった。2016年の全日本選抜選手権は復活優勝し、2017・18年世界選手権で銅メダル獲得。 |
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略歴(詳細) | JWFデータベース | UWWデータベース | 国際大会成績 |
女子76kg級・展望 / 5位以内がオリンピック出場枠獲得、3位以内は協会規定により日本代表に内定 |