文=多田敬典(至学館大学)、清水雅之(みどりや薬局)
本年開催されるアジア・アジアパラ競技大会(愛知・名古屋市)を背景に、スポーツへの関心が高まる中、至学館大レスリング部は3月24日、同大学の栄和人記念レスリング場において、至学館レスリングクラブの小中学生およびその保護者を対象とした体験型イベント「トップアスリートと楽しく学ぶ クリーンスポーツ教室」を開催した。
本取り組みは、スポーツの価値やインテグリティを次世代へ伝えることを目的とし、アスリートとスポーツファーマシスト(下記参照)が協働する形で先行的な取り組みとして実施された。
※1 スポーツファーマシスト=最新のアンチ・ドーピング規則およびスポーツ薬理学、スポーツ医学、スポーツ科学に関する知識を有する薬剤師

▲アスリート、子どもたち、薬剤師が一緒になって、クリーンスポーツのチャンピオンを目指して競い合う
今回は、至学館大学レスリング部に加え、スポーツファーマシストである多田敬典氏(至学館大学健康科学部栄養科学科教授)、清水雅之氏(みどりや薬局代表社員)、さらに至学館大学栄養科学科の学生や有志の薬剤師が協力して実施した。
当日は、2016年リオデジャネイロ・オリンピック女子69kg級金メダリストで、現在は至学館大学レスリング部コーチを務める土性沙羅氏も参加。スポーツファーマシストとのトークセッションでは、世界の舞台で戦ってきた経験を踏まえながら、クリーンスポーツの重要性や相互理解の意義、自己管理のあり方について語った。
特に薬やサプリメント、エナジードリンクなど日常的に体に取り入れるものについては、「自己判断せず、迷ったら相談すること」の大切さを、子どもたちにも分かりやすく伝えた。トップアスリートの言葉に触れた子どもたちは、身を乗り出して話を聞き、その内容を自分ごととして受け止めている様子が印象的であった。

▲子どもたちの目線に立ち、クリーンスポーツの大切さを分かりやすく伝える土性沙羅コーチ
続いて行われた体験セッションでは、アンチドーピング教材として活用されている体験型カードゲーム「ドーピングガーディアン」(下記参照)を用い、体に取り入れるものへの意識の重要性を体験的に学んだ。
※2 ドーピングガーディアン=アスリートとなったプレーヤーがドーピングをせずに大会優勝を目指すカードゲーム。多くが「うっかりドーピング」である現状を踏まえ、それを防ぐための行動をゲームを通して学ぶことができる。
https://www.doping-guardian.com

▲ドーピングガーディアンの進め方を優しく教える学生

▲ドーピングガーディアンで楽しく体験しながらクリーンスポーツを学ぶ子どもたち
レスリング部の選手、スポーツファーマシスト、栄養科学科の学生や保護者が各グループに入り、子どもたちと一緒にゲームをプレーしながら交流した。このゲームでは、単に勝敗を競うだけでなく、薬やサプリメントをどのように選ぶか、迷ったときにどのように確認するかが重要なポイントとなる。
子どもたちは楽しみながら「確認して選ぶ」「困ったら相談する」という行動の大切さに触れ、うっかりドーピングのリスクや、薬やサプリメントを正しく選択し適性に使用する重要性を、自分たちにも関わる問題として学んだ。
実際のプレイ中には、選手が「これ、飲んで大丈夫かな?」とあえて問いかけると、子どもが「一回、薬剤師さんに聞いたほうがいい!」と即答する場面も見られ、こうした「確認して選ぶ」「迷ったら相談する」という考え方が自然に共有されていた。
このようなやり取りを通して、子どもたちは遊びの中で判断力やコミュニケーションの大切さを実感し、学んだことを実際の行動につなげていく様子がうかがえた。

▲レスリング選手や学生と一緒にドーピングガーディアンを楽しむ子どもたち
本教室では、子ども向けイベントとして、単に知識を伝えるのではなく、楽しみながら参加できるエンターテインメント性も重視した。「ドーピングガーディアン」や。アンチドーピングのキャラクター教材「ドーピング妖怪」を活用することで、難しくなりがちなアンチドーピングやクリーンスポーツの考え方を、子どもたちが自然に受け入れられる形に工夫した。
遊びを入口とすることで、「確認すること」「迷ったら相談すること」「自分と仲間を守ること」の大切さを、楽しさの中で自然に伝わる形となっていた。

▲真剣な眼差しで土性沙羅コーチとスポーツファーマシストの話を聞く子どもたち
今回の取り組みの背景には、至学館大学レスリング部が、ハイパフォーマンスの追求だけでなく、インテグリティやクリーンスポーツの価値を重視してきた姿勢がある。
実際に、昨秋、至学館大で実施された世界レスリング連盟(UWW)トレーニングキャンプにおいてもクリーンスポーツに関する取り組みが行われ、その中でも本教室で使用された「ドーピングガーディアン」が活用されている。
今回の教室は、そうした至学館大学の取り組みを地域の子どもたちへ還元する実践の場ともなった。単なる子ども向けイベントにとどまらず、レスリングの現場で大切にされてきたフェアプレーや自己管理、仲間を尊重する姿勢を次世代へ伝える機会となった。
トップ選手の話を聞き、現役選手と同じ目線でゲームに取り組むことで、子どもたちにとっては憧れの存在と時間を共有する特別な体験となった。
一方で、本教室ではアスリートの実体験と言葉と、スポーツファーマシストの専門性が融合することで、「知識」と「実感」の両面からクリーンスポーツを伝えることができた。参加した選手にとっても、自らの学びを子どもたちに伝える経験は、理解を深めるとともに、競技生活における意識の再確認につながる貴重な機会となった。

▲子どもたちから土性沙羅コーチへ意欲的に質問
また、至学館大を練習拠点とする卒業生である永本聖奈選手(アイシン)や山本和佳選手(東新住建)も、現役選手として自分たちが日々の競技生活の中で感じていることや、実際に気をつけていることを、子どもたちに自分の言葉で伝えた。トップレベルを目指して競技に向き合う中で得た経験や知識は、本来その選手自身の中に蓄積されていくものだが、それを地域社会に向けてアウトプットすることには大きな意義がある。
競技者自身が次世代に価値を手渡す経験は、理解を深めるとともに、それを競技生活の中で実践していく意識につながることが期待される。

▲競技生活の中で感じていることや、実際に気をつけていることを子どもたちに話す永本聖奈選手

▲子どもたちに話す山本和佳選手
今後は、本取り組みを起点として、愛知県内の教育機関や関係団体とも連携しながら、アジア・アジアパラ競技大会を契機としたクリーンスポーツ教育をより本格的に展開していく予定である。競技力の向上にとどまらず、レスリング界が地域とどのようにつながり、次世代に何を残していくのか。その新たな形を示す一歩となった。
※UWWトレーニングキャンプで紹介された至学館大学クリーンスポーツの取り組み
https://uww.org/article/higuchi-dosho-masterclass-uww-hosts-womens-camp-shigakkan

▲多くの金メダリストを送り出してきた道場で記念撮影