※本記事は日本レスリング協会公式サイトに掲載されていたものです。
(文=池田安佑美、撮影=矢吹建夫) 全日本選抜選手権の勢いを持ち込めなかった田野倉翔太(クリナップ)

グレコローマンのエースとして挑んだ2度目の大舞台。最軽量級が55kg級から59kg級に引き上げられ、59kg級になってからは国体で学生に負けるなど、国内でも負けこんだ。背水の陣で臨んだ6月の全日本選抜選手権で、アジア選手権2位などの有望株の太田忍(日体大)を破って優勝。プレーオフでも全日本選手権優勝の倉本一真(自衛隊)を鮮やかなテクニカルフォールで下して逆転の世界選手権を決めた。
首脳陣からは、全日本選抜選手権と同じ状態の田野倉だったら「メダル間違いなし」と一押しされていた。初戦の相手が世界3位という肩書にも、田野倉は「ポーランドの遠征での練習試合で普通に勝った相手。怖がることはなかった」と平常心で臨んだつもりだった。
だが、試合が始まってみると田野倉は終始スタンドで押されて相手のペースに。西口茂樹強化委員長(拓大教)が「いい仕上がりを見せていたのに、マットに上がったらまったく別人になっていた」と話すように、先にパッシブを取られ、パッシブを取り返すという試合運びで、後手後手にまわってしまった。 バック投げからのリフトは、2度とも相手の脚に腕がかかってしまった

攻撃で完全に相手を宙に浮かせたが、相手が体を前にずらして、田野倉のクラッチが相手の足の位置にずれ、下半身を攻めたということでブレークへ。技を決められずにスタンドに戻った。
報道陣から「なぜ、グラウンドで俵返しを出さなかったか」と、最大の武器を使わなかった理由を問われると、田野倉は、7月のポーランド遠征で、この選手に俵返しを研究されて、遠征の終盤には、かからなくなったことを挙げた。「そのイメージが強くて、俵返しを出せなかった」と、手堅く勝つために得意技を封印したと説明した。
だが、西口強化委員長は、得意技で勝負しなかったことについて、「研究されたから、かからないというのは、得意技ではない」と辛口コメント。田野倉が世界で勝つために、もう一回りの成長を促した。
「緊張していたんだと思います…。マットに上がった記憶がないんです」と、最後に吐露した田野倉。「ここは、開き直って全日本選手権に照準を合わせ、オリンピックの二次予選にかけます」と出直しを誓っていた。