※本記事は日本レスリング協会公式サイトに掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫),

ローシングルの名手で、米国史上最高のレスラーと言われるジョン・スミス(五輪V2)をほうふつさせる田中の構え
第一声は「団体戦でもあります。団体優勝しなければ、本当に喜べません。(初日4位で)まだ可能性があるとのことなので、チームとして、もう1日、頑張っていきたい」。主将としての責任感からか、自らの優勝の喜びを封印したが、それでも、2010年の全日本学生選手権以来の学生タイトル獲得に気分はよさそう。突っ込んで聞くと、「優勝は素直にうれしいです」と、徐々に重い口が開いていった。
■得意技ロー・シングルを信じて闘う
2010年世界ジュニア選手権と昨年12月のプレ五輪で銀メダルを取り、今年6月の全日本選抜選手権で優勝。この階級では第一人者の実力を見せてきたが、学生の大会は4大会連続で優勝を逃していた。一昨年のこの大会は小石原拓馬(日体大)に敗れて3位。昨年の全日本学生選手権は棄権、全日本大学選手権は井上貴尋(日体大)に敗れて2位。今年8月の全日本学生選手権も井上に敗れて3位にも入れなかった。
「いくら全日本選抜選手権で優勝しても、学生の大会で優勝しなければ…」とは、まぎれもない本心だろう。苦手をつくり、学生間の大会で快勝できない選手では、世界で勝ち抜くことはできまい。そんな周囲の声と不安を一掃する優勝。勝因は「得意技を信じ、しっかり出せたことがだと思います」と分析する。
相手の足首を狙う田中のローシングル。パターンはひとつではない。
■「負けを経験して成長できたこともあった」
高校2年生で高校三冠王を獲得した選手なら、大学ではもっとタイトルを取ってもおかしくはなかったが、そう簡単にいかないのが勝負の世界。4年間を振り返り、「勝って伸びたこともありますが、負けを経験して成長できたことがあったのも確かです。勝ち続けるだけじゃなく、いろんな経験をしてよかったんじゃないでしょうか」と話す。
悔やまれるのが、小石原と井上の日体大勢に負けたままであること。「今回の決勝で小石原と闘えると思っていたのですが…。本人とも『闘おう』と話していたんです。彼らに勝たずに優勝というのが、ちょっぴり残念です」と言う。12月の全日本選手権では、学生時代の心残りを払しょくしたいところだ。
そのあとは、いよいよ“米満への挑戦ロード”が始まる。ロンドンでは米満の金メダル獲得を全力でサポートしていたが、心の片隅には「いつか倒してやる」という気持ちが消えることはなかった。「壁というより目標です。必死にやらないと追いつけないでしょう。でも、オリンピックのあのムード、すごかったですね。ここで闘って勝つのですから、すごい精神力だと感じました」。
観客席からの視察だけでは分からない。ともに汗を流してこそ感じた五輪金メダリストの凄(すご)み。貴重な経験として自身の選手活動に役立っていくことだろう。「練習を必死にやるだけではダメ。自分のこだわりや自分らしさを、自分で確立していかなければなりません」-。
節目の大会を飾った田中が、いよいよ世界へはばたく。