「合気道崩れ股裂き」
文=長田渚左(スポーツ・ライター)
「またさき」という必殺技を武器に、世界中から恐れられた伝説のレスラー、笹原正三の実像に迫る。
(本文より)
まるでマネキン人形だ。笹原はマットに自然体に立つと、無表情に相手を見つめた。全身どこからも気が立ち上らない。戦闘態勢もとらない。“どーぞ”とばかりに両手を広げている。スキだらけだ。ここぞとばかりに、相手が両腕をつかんだ。その時だ。彼の両手首がカマのように曲がった。相手の腕の関節に手首をヘビのようにからませ、引きずり倒した。
バックに回る。瞬時に左足を股間にネジ込む。突然の襲撃に、相手は全身を真っ赤にしてもがいた。しかし、クモのようにからみついた笹原の体は、決して離れない。逆に動けば動くほど、全身の筋肉が反応し体を絞めつける。ジャッキを引き上げるように、笹原が左足を引き上げた。 「合気道崩れ股裂き」。この一撃で試合は決まった。
1956年メルボルン・オリンピック、レスリング、フェザー級決勝。勝者の額には汗一滴なかった。