※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
■3部門(シニア、ジュニア、カデット)の世界大会で圧倒的な強さを見せた日本だが…
金4・銀1を獲得して圧倒的な強さを見せた日本女子だが…
――オリンピックでは女子6階級のうち4階級を日本が取り、今月初めの世界ジュニア選手権(フランス)でも日本が8階級中6階級で優勝(その後の世界カデット選手権でも8階級制覇)。ここまで日本が独占してしまうと、世界の女子レスリングの発展という面で、これでいいのか、という面が出てくる。3年前のオリンピック競技からの除外騒動の時、卓球やバドミントンも候補と言われた。中国が強すぎて国際的な関心がなくなっている、がその理由。他国に頑張ってもらわないと、レスリングが再び除外候補になる可能性も出てくる。
福田 取れる時は取っておくべきだと思う。前回(1964年)の東京オリンピックで金メダル5個を取った日本(男子)も、今は1個取るのに必死だ。日本の女子だって、いつそうなるか分からない。
――こう言うと、意味を曲解して「女子レスリングの足を引っ張るな」と言う人が出てくると思うが、特定の国が優勝を独占する競技では、普及の面で国際オリンピック委員会(IOC)から評価されない。2028年大会のレスリング実施は決まっていない。オリンピック競技でなくなれば、オリンピックの金メダルは取れない。女子のリーダーである日本には、日本の強化だけではなく、世界の普及と強化に尽力する義務があると思う。
福田 初期の頃から、女子の技術ビデオやポスターをつくり、FILA(国際レスリング連盟=現UWW)を通じて世界各国に配布したりして、世界の普及と強化にも力を入れてきた。外国が追いついてくれない。日本ほどの努力をしてくれないのが現実だ。男子の世界で、かつてソ連が圧倒的に強かった時代があった。他国がソ連を目標として必死になり、ソ連の独裁を崩した。今、日本の女子は世界から目標にされている。我々が頑張ることが、世界の女子レスリングの強化だ。
スポーツ紙でも報じられた”強すぎる日本”の弊害
――ピンチらしいピンチがなく優勝したのは川井梨紗子選手だけで、もしかしたら、金メダル1個だったかもしれない。内容的には、ずば抜けていたわけではない。インドとチュニジアから初めてメダル獲得選手が生まれ、世界への広まりが進みつつあるのは確かだ。
福田 女子レスリングのスタートは、日本よりフランスやノルウェー、スウェーデンの方がずっと早い。日本のお家芸ではない(注=「お家芸」とは、歌舞伎・能・狂言の世界から生まれた言葉で、「その家に古くから伝えられ、得意としている芸」が本来の意味。最近では、代々伝わった芸でなくとも、得意な芸を指すようになっている)。努力でここまで来た。勝てる時に、どん欲に勝っておくべきだ。
■他国が日本で修行するのは歓迎! 練習の中で日本の強さを学んでほしい
――シンクロの井村雅代監督が2004年アテネ・オリンピックのあと、「日本のシンクロのすばらしさを世界に伝えたい」として中国で指導し、その結果、日本を倒した。日本シンクロ界からは「裏切り者」「売国奴」とバッシングがすごかったようだが、普及が目的であり、後ろ指を差されることではなかったと思う。日本の指導者が外国へ行ってその国を勝たせたのなら、それも日本の勝利だ。世界の女子レスリングの発展を考えるなら、日本の指導者が外国で指導することがあってもいい。すでに、八田忠朗さん(元米国コーチ)や山本聖子さん(元米国ジュニアコーチ)がいるが。
福田 女子ではないけど、私を含めてそうやってきたんですよ。47年前になるかな、28歳の時、日本オリンピック委員会とパナマ・オリンピック委員会の契約でパナマに派遣され、中央アメリカ大会に向けてレスリングの指導をした。優勝選手を含めてメダリストを輩出し、団体でキューバに次ぐ2位という成績を残した。中南米諸国が日本のすごさを知り、コロンビア、ペルー、ベネズエラなどから日本のコーチが続々と呼ばれた。他国の強化を手助けすることは反対しない。ただ、協会としてコーチを派遣することは考えていない。いつ追い越されるか分からないので、日本レスリングの神髄を教えるわけにはいかない。その代わり、日本に練習に来ることは歓迎だ。練習の中で日本の強さを学んで実力をアップしてほしい。
リオデジャネイロ・オリンピックで、世界的に最も話題となったレスリングのシーン
――いずれにしても、外国は今まで以上の真剣さで女子に取り組んでほしい。
福田 その通りだ。ソ連の独裁を崩すのに時間がかかった。時間はかかるが、頑張れば日本と対等にやれる。ロシアのマミアシビリ会長が事件を起こしたが(敗れた女子選手を殴ったと報じられた=謝罪して和解へ)、必死だったからだと思う。私みたいな頭が狂った人間がいないと、世界のトップにはなれないんだよ(笑)。
――世界的に見て、レスリングへの関心度は低い。あるサイトで書かれていたのですが、今回のオリンピックで、レスリングが世界的に一番話題になったのは、伊調馨選手の4連覇でも、ヘレン・マロウリス(女子53kg級=米国)の歴史的勝利でも、ミハイン・ロペス(キューバ=男子グレコローマン130kg級)の3連覇でもなく、モンゴル・コーチがパンツ1枚になって抗議したことだったそうです。スキャンダルが話題になる競技ではなく、競技そのものに世界が関心を示すスポーツになってほしい。
オリンピックの公式動画のアクセス数は、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が3連覇を達成した陸上100メートル決勝が「約145万アクセス」であるのに対し、ミハイン・ロペスの3連覇が「約3万4000アクセス」、伊調馨の4連覇が「約3万アクセス」。(公式動画ではないが、ヘレン・マロウリス-吉田沙保里の試合を観客席から撮影したと思われる動画では、「約9万5000アクセス」があった)
一方、「NEWS ONLINE」が流したモンゴル・コーチの”パンツ抗議シーン”の動画は、「約88万アクセス」を記録している。(いずれも9月18日時点) |
(続く=聞き手・樋口郁夫)