※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=布施鋼治) 登坂絵莉(東新住建)
無理もない。世界選手権を3年連続で制したとはいえ、初めてのオリンピックだ。壮行会に出席する度に、予想を上回る大勢の人たちから激励を受け、登坂はあらためて“4年に一度のスポーツの祭典”の影響力を痛感している。「オリンピックって本当にすごいんだ」-。
周囲の期待の高さに胸は高まる一方、不安な気持ちも頭をもたげた。7月24日に東京・味の素トレーニングセンターで行われた公開練習の際、登坂は「楽しみな気持ちと不安な気持ち」の割合は「7:3」と吐露した。「いつかは本番の日が来るし、金メダルが目標なので早く試合が終わって金メダルが欲しいという気持ちが7割。そうでなかったらどうしようという不安な気持ちが3割」だ。
■2012年世界銀を原動力に、3年間を走り抜けた
2012年、ロンドン・オリンピックの約1ヶ月半後に行われた世界選手権(カナダ)に初出場した登坂は、不可解な判定で準優勝(本来認められない相手側のチャレンジが認められ判定が覆った)。しかし、ここからを登坂は疾走し続けた。 昨年の世界選手権決勝、最大の敵マリア・スタドニクにラスト数秒でタックルを決めて逆転勝ち
2014年と15年も勝ち、世界選手権では3年連続優勝を果たしている。しかも、昨年の決勝はロンドン・オリンピックの銀メダリストで最大のライバルといわれていたマリア・スタドニク(アゼルバイジャン)。ラスト7秒で逆転するという離れ業を演じた。
最後まで集中力は途切れない。登坂最大の長所は国内でも存分に発揮され、昨年12月の全日本選手権決勝では、入江ななみ(九州共立大)を相手にラスト1秒で逆転勝ち。最優秀選手に与えられる天皇杯を獲得するとともに、勝負強いところを見せつけた。
この大会、登坂はリオデジャネイロでパワーのある外国人選手と対戦することを想定して、1階級上の53㎏級にエントリーしていたことを見逃してはならない。
■いい経験となるか、アジア選手権での黒星 今年2月のアジア選手権で約3年5ヶ月ぶりの黒星。この負けをオリンピックの勝利につなげられるか
しかし、落ち込むことはないとも思える。登坂が尊敬する吉田沙保里も2008年北京と2012年ロンドンの双方で、直前の国際大会で敗れたものの、手綱を締め直すことで、いずれの大会でも金メダルを獲得することができた。敗北は決して評価されるべきではないが、オリンピックを前にして、登坂の気持ちを引き締めるという意味での効果はあったのではないだろうか。
国内外で競り合った末に勝負を制してきた(あるいは時に失敗した)キャリアは、リオデジャネイロでも大きな武器となるだろう。
6月の旭川合宿中、登坂は勝負について聞かれると、こんなことを口にしていた。「ここで取らなかったら負ける、という局面は分かっている。取らなければいけない時には、何が何でも取らないといけない。その気持ちは、絶対にぶれたらダメだと思います」
オリンピックには、アジア選手権で辛酸を嘗めさせられた孫亜楠も、国内の闘いで世界5位の選手を退け、出場することが決まった。リベンジマッチが実現する可能性も出てきた。
昨年の世界選手権の1位と2位は別ブロックとなる組み合わせなので、スタドニクとの再戦は決勝となる。腹をくくれば、怖いものはない。