※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・撮影=樋口郁夫) 同期の有元伸悟(左)、阿部宏隆から激励される山崎達哉さん
そのマットには、有元、阿部と同期で、2013年アジア・ジュニア選手権優勝、2014年全日本学生選手権2位などの実績を持つ日体大OBもいた。しかし、彼の目は東京オリンピックには向いていない。今秋から南米のペルーでの生活が待っている。
「レスリングは学生までと決めていて、選手としてはやり切りました。指導者の道に進みます。海外へ行きたいという気持ちもあったので…」。そう話すのは、3月に日体大を卒業した山崎達哉さん。青年海外協力隊(JICA)が行っている発展途上国への支援活動で、ペルーでレスリングの指導を行うことが決まった。
JICAからの「最高レベルの技術をマスターするように」との要請を受けて全日本合宿に参加。日体大で身につけた技術を復習するとともに、オリンピック・チームの技術を再確認するための参加だ。
■ジュニアで有望選手が多いペルーのレスリング界
前の年にJICAの活動でパラグアイに行った先輩がいて、JICAの活動を知っていた。昨秋の募集に応募。書類選考に始まり、2月の面接を経て見事に合格。ペルー行きが決まった。赴任先としてベトナム、スーダン、ペルーとあったが、その中でペルー選んだのは、マチュピチュや地上絵で有名な国ということは知っていたが、「まったくの未知の国だから」-。あえて未知の国を選ぶあたりに、山崎さんの”世界観”があるのだろう。 大阪・吹田市民教室時代と日体大時代の後輩でもある樋口黎のスパーリングを動画に撮影する山崎さん(後方左)
ペルーのレスリングは、世界的には決して高くない。世界選手権に出場することがあっても初戦敗退などが普通で、パンアメリカン地域でもメダル獲得はあまりない。オリンピックは、2004年アテネ大会と2008年北京大会に1選手ずつが出場しているだけ。日本の学生トップレベルの実力があれば、十分に指導できる段階だ。
「2年間で、国際舞台で通じる選手を育てるのは無理でしょうけど、基礎をつくれればいいかな、と思っています」。幸い、ジュニアでは時にパンアメリカンの大会でメダルを取ったり、優勝する選手もいる。それらの選手に技術とモチベーションを与えることが山崎さんの使命と言えよう。
■日本人の指導で実力を伸ばしたコロンビア、ベネズエラ
南米の国では、かつてコロンビアで岡田法夫さん(日体大OB)が指導しており、現在のカパチョ・コーチは選手時代、日本で修行し1988年ソウル・オリンピックへ出場した。現在は母国で女子の強豪選手を育てている。ベネズエラには阿久津英紀さん(明大OB)がいて、日本(日大)に留学させたルイス・バレラが1996年アトランタ・オリンピックに出場するまでに成長している。
2014年東日本学生リーグ戦で闘う山崎さん(撮影=矢吹建夫)
海外というと、最近は物騒な事件が多い。イスタンブール空港での自爆テロ、バングラデシュでの襲撃事件…。南米にイスラム国の勢力は進出していないと思われるが、元来、治安はよくないと言われる地域だ。しかし、山崎さんは「特に不安は感じてないです。いろんな国に行って、自分の目で世界を見てみたいという気持ちがありましたから」と話し、不安より期待の方が大きいようだ。
今回のペルー行きは、あくまでも「その最初の挑戦です」という。ペルーでの生活は2年間で終わるかもしれないが、世界を股にかける挑戦は、その後も続くのだろう。
有元や阿部のほか、この合宿にはいなかったが大学の同期の中村百次郎(日体大助手)と川瀬克祥(岩手県体育協会)は、今月初めの全日本社会人選手権で優勝し、いずれも東京オリンピックへ向けての力強いスタートを切った。「形は違っても、自分も頑張るという気持ちになります。ペルーで、彼らが全日本王者になった、というニュースを聞きたい。彼らを破る選手を育てる、という気持ちになるかもしれませんね」。
道は違っても、” 2016年卒業組”の世界での活躍が期待される。