2016.07.06

【全日本社会人選手権・特集】全日本王者にも物おじしないファイト! 聴覚障害を持つ佐藤正樹(静岡ク)が2年連続出場

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

(文・撮影=増渕由気子)

 全日本社会人選手権の男子フリースタイル65kg級に、聴覚障害を持つ佐藤正樹(静岡クラブ)が出場し、初戦を勝ち抜いてベスト8に進出。2回戦では、全日本選抜選手権61kg級優勝の有元伸吾(近大職)に敗れたものの、闘志あふれる試合を展開した。

 有元には0-10とテクニカルフォールで負けたものの、レスリングの構えや立ち振る舞いは初心者を感じさせないものがあった。それもそのはず。佐藤さんは、小学校から柔道競技者を続けている現役選手で、2015年にはアジア太平洋ろう者競技大会(台湾)の柔道66kg級で優勝するほどの実力者だ。

 佐藤さんは両耳に重度の難聴があるが、読唇術を身につけているため、補聴器をつければ、誰とも通常の会話ができる。そのため、ろう学校には通わず、小学校から高校まで一般の学校で過ごした。部活動はもちろん柔道部だ。

 「柔道は小学校を始めて、富士吉田市立吉田中学、甲府工高校とずっと柔道部に所属していました。実は、ロンドン・オリンピック金メダリストの米満達弘選手(自衛隊)と同じ中学校なんです」。

 これがレスリングに興味を持つきっかけでもあった。高校を卒業して、静岡県のトヨタ自動車東富士研究所に就職。会社の柔道部にも所属している。たまたま同僚にレスリング経験者がいて、レスリングもやらないかと誘われたことは渡りに舟だった。

 佐藤さんは「米満先輩が金メダルを取った競技をやってみたい」と、2年前から柔道部の練習と両立して静岡クラブに週1、2回のペースで通い始めた。

■来年は聴覚障害者のための総合スポーツ競技大会の「デフリンピック」に出場

 佐藤さんは一般の中学、高校に進んだため、今回のように一般の競技会に出場することは慣れているものの、試合進行はホイッスルなど音で知らせる部分も多い。今回、佐藤さんの試合を担当した審判員は、なるべく大きな声かつオーバーアクションで対応したが、開始やストップの合図が分かりにくくハンディとなっていた。

 けれども、障害を持つハンディの話を始めると、佐藤さんはなぜか笑顔になった。「実は、耳が聞こえないメリットもあるんですよ。(相手の)セコンドの声や周りのヤジは一切聞こえません(笑)。集中力を高めて闘えるんです」。自分の強みに笑みを浮かべた。

 柔道をしながらレスリングを続けている理由として「レスリングは柔道とまた違った部分が面白い。構えが違うし、柔道と違ってタックルで足を攻撃できる。一か八かの技の掛け合いも楽しい」と、柔道と大きく異なるフリースタイルに興味を持って練習を積んでいる。

 柔道では経験できない手を使って相手の足を攻撃できるフリースタイルは、正直「苦手」。でも、「だから挑戦したくなる」と目を輝かせた。「今日は途中で負けてしまいましたが、自分の技を極めていけば、勝てるんじゃないかなと思います」と相手が全日本王者でも物おじしない強気な姿勢を見せた。

 佐藤さんは来年にビッグマッチを控えている。聴覚障害者のための総合スポーツ競技大会の「デフリンピック」に出場することが決まっている。障害者スポーツといえば、パラリンピックが有名だが、聴覚障害者には該当種目がないため、この大会が4年に1度の祭典だ。

 「パラリンピックに比べたらデフリンピックの知名度は、あまり高くないです。僕はそこで優勝して、デフリンピックの知名度を上げる使命があります」。そのためにも、基礎体力の向上にもってこいのレスリングを今後も続けていく予定だ。レスリングの次戦は、11月の全国社会人オープン選手権を予定している。

 さらに強くなった佐藤さんを見ることができるか―。