※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(日本協会強化本部長・栄和人)
前回記事(今を全力で生きれば、必ず勝利の女神がほほ笑む)
第15回「2015年世界選手権を終えて」
リオデジャネイロ・オリンピックの出場枠をかけた今年の世界選手権(9月7~12日、米国・ラスベガス)が終わりました。女子は3階級で優勝し、オリンピックの出場枠を5つ取る好成績残した一方、男子は出場枠がひとつも取れない結果に終わりました。
昨年の世界選手権の男子は、銀メダル1個(高谷惣亮)に5位が2人(高橋侑希、清水博之)という成績を残していただけに、予想外の惨敗です。戦後のオリンピックでメダルを取り続けてきた伝統に黄信号がともりました。しかし、帰国して1週間後の20日には福田富昭会長が陣頭指揮をとって反省練習をやり、私たちは来年へ向けてスタートしました。 前年世界2位の高谷惣亮(ALSOK)もオリンピック出場枠を取れず
世界に大きく引き離されているわけではありません。1年あれば追いつける範囲にいます。何が足りなかったのかを分析し、その克服に全力で取り組みます。出場枠を取れなかったことで、日本代表をめぐる競争や出場枠をめぐる激しい闘いが今後も続くわけです。それをプラスに考え、全体の底上げをしていきたいと思います。まず来春のオリンピック予選に全力を尽くします。
■オリンピック出場をほぼ手中におさめた今こそ、猛練習が必要
女子は6階級中5階級でオリンピック出場枠を獲得しました。5選手とも3位以内に入りましたので、規定により、12月の全日本選手権に出場することでオリンピックの代表に決まります。どの選手も、けがしないことに注意を払って全日本選手権へ臨むと思いますが、けがをしないことを考えるあまり、練習がおろそかになってしまっては困ります。
世界中から標的にされているのです。オリンピック出場をほぼ手中におさめたことで気をゆるめるのではなく、今まで以上のハードな練習を積まなければなりません。規定では、たとえ全日本選手権で優勝できなくとも、出場することでオリンピックの代表となります。しかし、負けたとしたら、どんな気持ちでリオデジャネイロに行くことになるのかを考えてください。
肩身が狭く、「私が行っていいのかしら…」という気持ちになることは間違いありません。そんなオリンピック出場にしたいのですか? 闘う選手にとっては、プライドが“ルール”になりえます。「全日本チャンピオンでなければ、リオデジャネイロには行きたくない。負けたらプレーオフをさせてもらう。それも負けたら辞退してもいい」くらいの気持ちで全日本選手権へ挑んでほしいと思います。 メダル獲得の5選手と谷岡郁子・女子チーム団長
5階級で世界のメダルを取ったことにより、多くの選手にとってオリンピック出場の道が閉ざされました。2020年東京オリンピックに照準を絞っていた選手にとっては、大きなショックはないでしょう。東京大会へのレースは始まっています。努力を続けて実力アップに励んでください。
今回、メダルを取った5選手も、生身の人間である以上、大けがをしてオリンピック出場を断念せざるをえない場合もあります。そうなった時に声がかかるよう、全日本選手権はベストを尽くして闘い、優勝を目指してください。その努力は決して無駄にはなりません。
東京大会のことは考えておらず、リオデジャネイロ大会を目指して4年間をかけてきた選手は、心にぽっかりと穴があいたようなうつろな気持ちになっていることと思います。
合宿でラスベガスを訪れていたターゲット選手の中にも、リオデジャネイロを目指していた選手もいました。それらの選手の努力を間近で見てきただけに、胸が張り裂けそうな気持ちにさせられました。4年に一度繰り返される、避けることのできないシーンでした。
私にも経験があります。1983年の世界選手権で4位となり、翌年のロサンゼルス・オリンピック出場を目指しながら、夢がかなわなかった時です。年齢(23歳)的には次のソウル・オリンピックを目指せるにもかかわらず、目指してきたものが消えてしまった空虚感は大きいものがありました。
そのつらさは、他人には分からないものだと思います。まして、「今回が最後の挑戦」と決めていた選手にとっての痛手は、私が経験した以上のダメージでしょう。
■夢破れた選手には辛い期間だが、今後の人生こそが大事
短期間ではあっても空虚感に流されてしまった私が、再起をうながすメッセージを送るのもおこがましいのですが、選手よりも長い人生経験を持ち、選手としての挫折を指導者として役立たせた人間として伝えさせてもらいます。選手として活動してきた時間より、その後の人生の方が長いのです。 出場選手数、観客数、視聴者数とも史上最大だった今年の世界選手権
私は思います。リオデジャネイロ・オリンピックで日本選手が金メダルを取った時、夢ならなかった選手のことを必ず思い出すだろう、と。そうした選手の存在があったからこそ、オリンピックで金メダルを取る選手がいるのです。1個の金メダルは、それを取った選手だけのものではありません。
リオデジャネイロで日本選手が手にする金メダルは、チームジャパン、そして日本のレスリング界が総力を挙げて目指した金メダルなのです。ぜひとも代表選手を応援してください。その栄光は、間違いなく皆さんのものでもあるのです。そのプライドを胸に、今後の人生を歩んでください。
今後の人生で勝者になるためには、引き続きの努力、しかも選手時代とは違う種類の努力が必要です。選手としての栄光(2位、3位であっても)が実社会で通じるほど甘くありません。今後は一社会人として世間に通じる人間になる必要があるわけで、多くのことを学ばねばなりません。選手時代のあらゆる栄光を押し入れの中にしまい、新たな世界に挑戦してください。
■「挑戦することをあきらめることは絶対にできない」…マイケル・ジョーダン
バスケットボールのスーパースター、マイケル・ジョーダンは言いました。「ぼくは失敗を受け入れることができる。誰にでも失敗することがあるからだ。しかし、挑戦することをあきらめることは絶対にできない」-。オリンピック出場がならなかったことを「失敗」と表現するのは適当ではないと思いますが、常に挑戦するという意味で、貴重な名言だと思います。
私の場合で言うなら、選手としてオリンピックのメダルを手にできなかった経験が、私を指導者として大成させてくれました。屈辱をエネルギーに変え、挑戦してきたからこそ、今の私がありました。
人生は挑戦の連続です。ここまで頑張ってきた努力とプライドをエネルギーとし、今後の人生での健闘を期待します。
栄和人強化本部長・略歴 |
《ネバーギブアップ! 2020年、金メダル10個への挑戦》
■第14回: 今を全力で生きれば、必ず勝利の女神がほほ笑む(2015年7月22日)
■第13回: 負けた時こそ、“負けることを恐れない勇気”が必要(2015年5月3日)
■第12回: 女子ワールドカップ優勝で感じたキッズ指導者の重要性(2015年3月17日)
■第11回: 米満達弘選手に感謝するとともに、必ず伝統を引き継ぎます (2015年2月13日)
■第10回: 人生は、ネバーギブアップ! 挑戦する気持ちを忘れずに (2015年1月1日)
■第9回: 審判の真剣さとき然さが、日本レスリング界を支える (2014年11月20日)
■第8回: 新たな応援のスタイルを生み出したネット中継 (2014年10月10日)
■第7回: レスリングを支援してくれるお母さんが増えてほしい (2014年8月17日)
■第6回: 試合後にゴミ拾いをしたサッカー・サポーターに学びたい (2014年7月17日)
■第5回: 感謝の気持ちを忘れなかった教え子を、誇りに思います (2014年6月23日)
■第4回: 天国の堀幸奈さんに、必ず世界一の感動を届けます (2014年5月26日)
■第3回: 35年前の世界ジュニア選手権でのほろ苦い思い出 (2014年5月9日)
■第2回: 米国で頑張る永島聖子さんにエールを贈ります (2014年4月25日)
■第1回: 吉田栄勝さんの功績と思い出 (2014年4月18日)