※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
銀メダル獲得の藤波勇飛(山梨学院大)と藤波俊一監督
男子フリースタイルは66kg級の藤波勇飛(山梨学院大)が銀メダルを獲得し、昨年の「銅1個」を上回る好成績。ただ、決勝でアゼルバイジャン選手相手にラスト14秒まで3-1とリードしていながらの逆転負け。現在の年齢区分になってから初のチャンピオンを寸前で逃すという惜しまれる内容だった、
藤波はラスト14秒で3-3に追いつかれての逆転負けに、「やはり勝ちが脳裏をよぎり、守りに入ってしまった。そのすきを狙われた」と悔しそう。足首をつかまれたタックルでテークダウンを奪われたものだが、「実は自分のシューズのひもに相手の指が入って(スムーズな)動きがとれなくなったんです。まあ、言い訳にしかならない。あの場所に自分の足があったのがよくない。逃げようと思って腰が引けたところを狙われた。守る姿勢が駄目でした」と、自分に厳しい姿勢を示した。
セコンドから「場外ではないか」というチャレンジのスポンジ(ビデオチェック要求)が投げられたが、藤波は「(あと14秒で)ポイントを取り返す気持ちでした」と、旺盛な闘争心でこれを拒否した。たとえチャレンジが失敗して3-4となっても、あと1点を取ればラストポイントによって勝者になれたわけで、「冷静になってみると、あの時、チャレンジを要求するべきでしたね。でも、あの時は…(そこまで思いつかなかった)」と振り返った。
「こうしたケースの経験がなかった。これが最終目標ではないので、これも貴重な経験として、次に役立てます」と言う。
2013年世界カデット選手権、昨年のアジア・ジュニア選手権に続いての銀メダル。「どこかでこの色を変えないと、いつまでも2位になってしまうような気がする。流れを変えたい。来年もジュニアの大会に出られるので、来年こそは世界チャンピオンへ」と、次の挑戦へ気持ちを向けた。
地球の反対側の国への移動は「辛かった。特に行く時。減量している状態での移動だったせいか腰が張ってしまって、これで動けるかな、と思った」と言う、しかし「トレーナーさんにほぐしてもらって助かった。トレーナーさんがいたからこそ、この成績が取れました」と、支えてくれた人への感謝の言葉で締めた。
■カデットに比べると、日本と世界の差が大きいジュニア
チームを指揮した藤波俊一監督(三重・いなべ総合学園高教)は、わが子の逆転負けを「3-1とリードしていた時、もうひと攻撃ほしかった。メンタルの弱さでしょうか。弱い相手にはがんがん行けても、強い相手にはそれができない。直さなければならないところです」と厳しく振り返る。「場外へ出した1点でなく、テークダウンで2点を取って(3-1ではなく)4-1となっていれば、違った結果になった」とも話し、確実なテークダウンの技術を注文した。
チームの監督としては、初日に4選手全員が初戦敗退という結果に「ショックを受けた。カデットなどで国際舞台の実績のある選手ばかりなのに、この成績。カデットとジュニアとでは、またレベル(差)が違うこと痛感しました」と言う。
これまで、ジュニア、カデットの場合、JOC杯の1位を世界、2位をアジアに派遣しているが、「実力伯仲の階級はそれでもいい。そうでなければ1位の選手を両大会に派遣する強化方法も一案だと思う」と、強い選手により多くの経験をさせる強化方法を提案した。
小幡邦彦コーチ(山梨学院大職)は「藤波は3-1になった時点で、もう1点取らないとならなかった。決勝の緊張の中で勇気が出なかったのかもしれない。全体的にもったいない試合が多かった。長谷川(敏裕=55kg級)は優勝した選手にラスト30秒まで勝っていたのに…」と、“あと一歩”の壁を口にした。
これを乗り越えるのは「経験」だという。高橋侑希(山梨学院大=世界選手権57kg級代表)も、全日本選手権でラスト3秒で逆転負けしたことがあり、「その経験があるからこそ、今回、世界選手権の代表を勝ち取れた」と、惜敗した選手の今後に期待した。
■84kg級5位・白井勝太(日大)の話「日本選手が勝ちにくいと言われている階級ですけど、やってみて、それほどではないんじゃないかな、と思いました。(負けた)イランとロシアとは差がありましたが、絶対に勝てない相手ではないと思う。パワーでは差があっても、闘えないという差ではなかった。必要なものは基礎体力でしょうか。スタンドでの圧力は半端じゃなかった。ジュニアとシニアとでは違うので、この先、シニアになっても頑張りたい」