※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫) 大殊勲を達成した山崎弥十朗(埼玉栄高)
山崎は「(大学生が主戦場の中)無我夢中で闘っていたので、優勝した喜びより疲れたという気持ちの方が大きいです。優勝した実感はありません」と、快挙達成よりも闘い抜いた疲労感でいっぱいの様子。
昨年は高校2年生ながら3年生を圧倒して全国チャンピオンになり、高校界の84kg級では不動の王者へ。全国の高校選手から追われる立場となった。大学生が主戦場のジュニアの舞台では追う立場に。「この試合での目標は、追う側になっていい試合をすることでした」と、ベストを尽くすこと前提としていた。
埼玉栄高の野口篤史監督は「準々決勝の末本(隼哉=神奈川大)選手がヤマ場だと思っていた。(74kg級の)全国高校選抜王者の吉田(隆起=和歌山・和歌山北高)も敗れていたので」と警戒していたが、山崎は末本に10-0のテクニカルフォール勝ちで快勝。弾みをつけて準決勝の浅井戦に臨んだ。
浅井や奥井は“格上”と言い切れる2学年上の強豪だ。野口監督は「(彼らが)高校時代に、両者ともに対戦経験がありますが、いずれもテクニカルフォールなどで惨敗だった」と振り返る。浅井戦を前に山崎は「ものすごく強い先輩。2点取れたらいいな」という気持ちでマットに上がったという。
組み合った直後、力が強くパワーの差を感じたと言うが、相手がたたみ掛ける攻撃を仕掛けず、ロースコアでの展開だったことが功を奏した。「点差が開かなければ、追いつける。ラスト30秒でもう一度攻めよう」。1-2のビハインドから思い切りタックルをしかけて浅井の片足を持ち上げてバックに。終盤に3-2と逆転してそのままタイムアップとなった。 学生王者相手の決勝、終盤に勝負をかけた山崎
浅井に勝っても、さらなる強敵が決勝戦で待ち受けていた。昨夏、浅井を倒して学生王者に君臨した奥井だ。浅井と激闘を制した山崎に比べて、奥井は初戦からテクニカルフォールやフォールなどフルタイムの試合はなく、体力を温存しての決勝戦。分は奥井にあるように見えた。
決勝のマットに上がること自体は、山崎は慣れているが、高校の試合では「勝って当然」の重圧があり、山崎に対してがむしゃらに向ってくるので、「負けられない」という緊張が走る。対して、今回は「緊張せず、自分の動きができた」と、先輩に挑戦できることを楽しむかのように伸び伸びと臨める違いがあった。
予想外の相手が決勝に出てきて、緊張したのは奥井の方だったのかもしれない。第2ピリオド中盤すぎの段階で1-2と意外なロースコアの展開。山崎は浅井戦同様、このスコアにチャンスを見い出し、終盤にアタックを仕掛けて奥井を場外へ。場外逃避の警告がつき、2-2と追いついて、コーションの差で勝利。学生王者を下してトーナメントの頂点に立った。
山崎は「パワーは足りてなかったけど、スタミナとスピードでカバーした」と、自分の強みを十分に生かせたことを勝因に挙げた。野口監督は「もう1回やったら負けると思う。力の差はありましたが、よく攻めた」と評価。山崎の驚異的な勝負勘が初戦から決勝までさく裂したJOC杯だった。
これで、8月には世界ジュニア選手権出場でブラジル行きがほぼ確定。「オリンピック(リオデジャネイロ)は来年ですが、それよりも先にブラジルにいけるっていいなって思いました。シニアではまだ力不足ですが、先輩たちの輪に片足くらいは入れたかな、と。頑張って(ライバルとして)入り込めるようにしたい」との抱負を話した。
ジュニアを制した山崎の高校ラストシーズンは、まだ始まったばかりだ。