※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・撮影=増渕由気子) 霞ヶ浦高校の入江和久・新監督
「KASUMI」と文字が入ったシングレットを着ているだけで強く見えるとさえ言われた強豪校は、大澤友博監督が一代で築き上げた。大澤監督が定年退職で退任し、後を受け継いだのは、教師5年目、弱冠26歳の入江監督だった。
■4年前からバトンタッチを想定して指導に携わる
入江監督は「私が着任した時、4年後に大澤監督が定年を迎えることは分かっていました。大澤先生が退任したあとは自分が霞ヶ浦のレスリング部を受け継いでいけるように、この4年間、大澤先生の下で指導を学んできました」と、当初から数年後に監督になることを自覚していた。コーチ時代も、第1セコンド(マットサイドのセコンド)に入江監督がつき、第2セコンド(マットの後方に待機しているセコンド)に大澤前監督が入って試合を見守る姿もよく見られた。
必死にやってきたが、「勉強不足で監督を引き継ぐことになり、OBの方たちがものすごく期待してくださるのに、それに応えられるのだろうか、と不安になりました」と吐露した。「高校の指導者は、レスリングを指導することだけが仕事ではありません。部活を一つ見るにも、生徒の体調管理、栄養管理、保護者関係、大学進学、スカウトと様々な仕事があって、レスリングの指導はその一つでしかありません。4年間で、まだこの中の半分ほどしか携われませんでした。もう少しどん欲に学ぶべきで、恩師に甘えていた部分がありました」と振り返る。
でも、これは指導者の誰もが通る道。すでに入江監督は自分なりの指導方法を探し出して実行している。 セコンド席から試合を見つめる入江監督
霞ヶ浦は日本トップクラスの練習量を誇るチームだ。前監督時代は、休みは盆と正月だけ。そのほかは、朝練習に午後は3時間を超えるマット練習を行い、オフは日曜の午後だけとハードなもの。この練習量が結果に出ていたのは言うまでもない。
一方で、これだけ練習を積んでいるのに、「生徒の体つきが他校の生徒のほうが良いと感じることがあったんです」と、違和感を覚えたことがあった。「練習が長すぎて、集中力が切れていました。生徒が残りのメニューを気にして全力を出していなかったんです。これまではスパーリングの後に筋トレをやっていました。スパーリングは後のことを考えずに全力で取り組んでもらいたいメニューなのに、筋トレのことを計算して自然と手を抜いてしまうんですよね」。
現在はメリハリをモットーに、スパーリングメーンの日や、筋トレだけの日など、目的を絞って取り組ませている。筋トレやランニングでは、毎回データを取って折れ線グラフ化。生徒の視覚に数値を届けてモチベーションを上げている。「僕自身も大澤先生の教え子です。大澤先生がいないと自然と手を抜いてしまうなど気の緩みがありました。なので、筋トレやランニングでは記録を取り、目標数値を明確化しました」。これにより、生徒たちは自然と数値と闘うようになったそうだ。
■キッズあがりの選手という部分を意識
近年、霞ヶ浦にはキッズ時代から名をはせた選手たちが多く入学してくる。しかし、高校でチャンピオンになっても、大学で伸び悩んでしまう選手が多いのも事実。「その部分をもっと注力して指導していきたいと思っています」と、大きな課題に真正面から取り組もうとしている。
「大澤先生の厳しい指導で(多くの選手が)強くなったことは事実。けれど、僕は、人から『怒ったことなさそうだよね』と言われるような性格でして…。最初は、大澤先生のようなスタイルにならないと、と思ったこともありましたが、僕のやり方でやっていこうと少しずつ思うようになりました。今のキッズあがりの生徒は基礎がすでにできあがっています。メリハリをつけて楽しくレスリングをして勝ってほしいと思っています」。
結果を残してきた名将、大澤前監督の方針を少しずつ自分流に変えてきた入江監督。それだけに、JOC杯の初日は結果が気になるところだったが、霞ヶ浦は6選手出場中、5選手が初日を突破して第2日に駒を進めた。「全国高校選抜王者の冨栄(雅秀=120kg級)は、期待以上、ほかの4人も期待通りの試合をしてくれた」とホッとした表情を浮かべた。
「監督になって、生徒との距離が近くなったような気がします。全力で指導するので、生徒たちにも僕についてきてほしいです。今年も団体を組める人数がそろっています。目標はこのメンバーで大澤先生が新しく率いることになった柏日体高校(千葉)を倒すことです」―。
一番の恩返しは、やはり恩師に勝つこと。霞ヶ浦高校が新たなる一歩を踏み出した。