※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫) 優勝を決め、勝利の雄たけびをあげる泉武志(愛媛県協会)
泉は時給900円のカラオケ店でアルバイトして生活費を稼ぎ、日体大の近くにアパートを借りて朝練習と夕方のマット練習に参加している選手。レスリング面に限れば、練習の量・質ともに最高の環境でレスリングを続けているが、生活面では厳しいのが現実だ。
日体大の練習には、ALSOKやクリナップなど企業スポンサーをつけてレスリングを仕事としているOBがたくさんいる。「そうした選手は、朝練習が終わったら昼寝をして、午後練習に臨んでいる。僕はその間、働きに出ています」と待遇の差を痛感することもある。スポンサー探しをしたものの、思うように支援してくれる企業は現れなかった。
それでも、「スポンサーがついている選手にリード(アドバンテージ)があるとは思ったことはない」とハングリー精神で乗り切り、60kg級で学生王者になった(2011年)実力をベースに、日本最高峰の環境で練習を積んできた。 音泉(赤)のがぶりからの攻撃を耐える泉
決勝の相手の音泉に対して、7月の全日本社会人選手権で優勝した直後は「差がない」と話していた。しかし「実はすごく苦手。スタミナ勝負でガンガンくる。僕は身長があるので下からこられると嫌なんです」と本音を吐露した。
だが泉は恵まれた長身の利を生かせる試合展開に持ち込んだ。2度も音泉にリフトを上げられても、うまく足を着いてディフェンス。2度目のリフトを防御した直後は逆に場外ポイントを奪って2点目をゲット。これが決勝点となり、今年の世界選手権8位の選手に2-1で競り勝った。
音泉にシニアで勝ったのは初めて。大きな前進だが、今大会は2012年ロンドン・オリンピック銅メダリストで今年のアジア大会銀メダルの松本隆太郎(群馬ヤクルト販売)が負傷のため欠場しており、真のナンバーワンの肩書はお預けとなった。この点を問われると、泉は「次は隆太郎先輩を倒したいと思います!」と即答した。
アルバイターのシンデレラストーリーがスタートした。