※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
レスリングのオリンピック競技からの除外の衝撃から1年以上が経った。当面の2大会(2020・24年大会)存続を勝ち取ってからは半年。存続を勝ち取った最大の要因は、国際レスリング連盟(FILA)のスピーディーな組織改革が国際オリンピック委員会(IOC)に評価されてのことだが、その後、FILAの改革は進んでいるのか?
FILAの副会長を務める日本協会の福田富昭会長に、FILAの現状を聞くとともに、2020年東京開催へ向けて、日本協会が取り組むべき課題をあげてもらった。(聞き手=樋口郁夫)
女子ワールドカップで館内に紹介される福田富昭会長
福田 会長が変わり、革新的なことはやったと思うが、存続決定後の動きに物足りなさを感じる面はある。具体的な施策やレスリングの普及、発展のための行動をもっと積極的にやっていかなければならないとは感じている。FILAの中で、レスリング選手として実績のある選手が少なくなっている。そのため、目指す方向がはっきりしない部分は感じる。日本から提案すべきものは、積極的に提案していくべきと思っている
――IOCの勧告に従い、選手委員会(キャロル・ヒュン委員長=カナダ)と女性委員会(マリア・ロディカ委員長=トルコ)を新設しました。しかし、つくっただけで、具体的な動きがないのが実情ではないでしょうか。
福田 オリンピックに存続することが決まり、FILAの中で安心感が充満している。存続が決まったといっても、現段階では2020年と2024年の大会で実施されることが決まっているだけ。中核競技(現在は26競技)に加わり、外されないための施策を考え、実行しないとならない。そのための行動していかなければ、中核競技に戻ることはできない。
――FILAの中に、2028年大会以降の実施は決まっていないという危機感はないのでしょうか?
福田 オリンピックに残れたという安心感、安堵感の方が強い。残るための行動をしなければならない。
――今から振り返り、除外の危機を迎えた大きな要因は何だったのでしょうか。
福田 FILAの組織、人事、渉外力が至らなかったことや、IOCとFILAの関係がしっかりしていなかったことが大きな原因だと思う。
■FILAとして、日本協会として、メディアへの露出増大が課題
オリンピック競技の人気ランキング (IOCのロンドン・オリンピック報告より) |
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――当初はレスリングの人気のなさが原因では、と言われましたが、IOCによるロンドン・オリンピックの全競技の報告書を見ると、レスリングの観客の数やテレビ視聴者数は、トップではないものの、最低レベルでもない。(右表の各項目参照)
福田 メディアへの露出が少ないのは事実ではないか?
――新聞記事の数は極めて低いレベルです。またフェイスブックやツイッターというソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)は、FILAとしてデータを持っていなかった。これは26競技中、サッカーとハンドボールを加えた3競技だけでした。SNSは、若者の間では当然のアイテムとなっていて、IOCが各競技の人気をはかるバロメーターのひとつでもあります。このあたりは、問題だったのではないでしょうか。
福田 大きな反省材料だ。除外の主要な要因ではないにしても、一因となっていたことは間違いない。FILAとしてメディアへの露出とSNSへの取り組みを考えていかなければならない。日本協会も同じこと。オリンピックの時は吉田沙保里や伊調馨らの活躍で新聞に大きく取り上げられてはいるが、それ以外の時は話題になることが少ない。常にメディアが記事を書いてもらうだけの人気を獲得し、話題を提供しなければならい。2020年の東京オリンピックに向けての重要な問題です。
FILAは、SNSへの取り組みの遅れを反省し、昨年のセーブ・オリンピック・レスリングの運動のひとつにフェイスブックへの取り組みがあった。現在、14万人を超えるフォロワー(読者)が集まっている。これをロンドン・オリンピック時にあてはめると、4位の数字となる。 IOCによると、先月のソチ冬季オリンピックでは、各国選手のツイッターやフェイスブックを通じたSNSの活用が広がり、ロシアの人気選手は40万人以上のフォロワー(読者)を獲得しているという。 |
■2020年までは、ネナド・ラロビッチ会長の継続か?
――IOCの勧告に従ってルールと階級を変えました。昨年12月の階級の変更は、ちょっと唐突だったような気がします。
福田 オリンピック階級の6階級だけに統一するべきだと思っている。オリンピックは6階級で、世界選手権や大陸選手権は8階級ということでは、非常にやりづらい。統一を主張していきたい。
――フリースタイルとグレコローマンとで階級が違うのも、疑問が残ります。
福田 明確な説明もなく決まった。最初は両スタイルとも最軽量が60kg級だった。アジアや南米から意見があり、57kg級(フリースタイル)と59kg級(グレコローマン)に下がったが、賛同できない。IOCに報告するため、理事会の決議を待たずに決め、メディアに発表したという感じだ。理事会を開いて決めるべきことだと思う。
ネナド・ラロビッチ会長(左右に福田会長と吉田沙保里選手=昨年5月のIOC理事会)
福田 委員長のキャロル・ヒュン(カナダ)が出産のため動けなかったという事情があるようだ。もっと活動する委員会になって行かなければならないと思う。
――9月の世界選手権(ウズベキスタン)の直前にFILAの総会があり、会長選挙、理事選挙などがあります。ここで大きな組織改革があるのでしょうか?
福田 6月に理事会があり、その時に議題がはっきりと決まる。ネナド・ラロビッチ会長(セルビア)が留任するかどうかの選挙もあるが、今のところ対抗馬として立候補する人物はいないようだ(任期は6年)。
■2020年東京オリンピックで金メダル10個の目標を掲げた理由とは?
――ルール、階級の問題を含め、FILAの中で日本が発言力を持つには、日本人が理事からはずれないことのほか、やはり競技力でしょうか。
福田 今度の総会では私が理事を退き、富山(英明=日大監督)に理事選挙に出てもらう。いま、必死にロビー活動をしている最中で、何としても当選してほしい。競技力も必要だ。ロンドンで米満(達弘=自衛隊)が金メダルを取ったが、両スタイルで金メダルを取れる国でないと、発言力は小さくなってしまう。2020年の地元オリンピックへ向けて、今から必死の強化を行う。
――日本協会は「金メダル10個」を掲げましたが…。
福田 日本は全競技での金メダルの数で世界3位が目標だ。そうなると金メダルを30個取らないとならない。1964年の東京オリンピックでは、日本全体の金メダル16個のうち、レスリングは5個取っている。2年前のロンドンでは、金メダル7個のうち4個がレスリング。そう考えると、金メダル30個の目標を達成するには、レスリングで10個を取らないとならない。男子各3個、女子4個で計10個になる。
2020年の金10個の原動力となるか、女子チーム
福田 できる、できないではなく、目指さなければならない。前の東京オリンピックの時、八田一朗会長は金メダル8個を掲げた。まだ選手だったが、私はちょっと無理があるように感じ、「なんで8個ですか?」と聞いたところ、「八田だから、8個だ」と言ってきた(笑)。理由なんか要らない。10個を目指してやってもらう。
――目標は大きい方がいいが、それを実現するため、一番必要なことは何でしょうか。
福田 選手の意識改革だ。男子は何となくやっている選手が多い。「何が何でも金メダル」という選手が少ないようだ。無限の可能性を求めて挑戦する気持ちがないとならない。自分の現役時代は、軽量級は絶対に金メダルを取れるという気持ちでやっていた。海外へ行っても、「(外国選手は)たいしたことない」という気持ちなった。今の選手は、「○○が強い」という話ばかり。「オレが勝つ」「オレが世界一」という気持ちになっていない。
――日本のナンバー2は世界のナンバー2、という時代がありましたね。
福田 1984年ロサンゼルス・オリンピックの時、高田裕司専務理事(フリースタイル52kg級)は、東欧が出ないことになって「2番手でも勝てるよ」と言い切った。(優勝できずに)マスコミにたたかれたが、そのくらいの自信を持って臨んでいた。ここまでの意識の高さがないとならない。
――その意識は、実力という裏付けがなければ出てこないと思います。日本の練習方法はいかがなのでしょうか。
福田 教科書で習ったような練習ではならない。自分が勝つための練習が必要。みんなと同じ練習、何年経っても同じ練習では、世界一になれない。技を開発することも必要だ。人と同じ技しか使わなければ、それ以上の選手になることはできない。研究のない練習では進歩がない。
――2分3ピリオド制の影響は大きいと思います。テークダウンを取って1点でもリードすれば、あとは無理して攻撃しなくても勝てるルールだったので、技の多彩さがなくなったような気がします。
福田 あるかもしれない。テークダウンを奪い、そこからフォールに持ち込むパターンはいくらでもある。教えてもらうのではなく、選手自身が開発し、自分のオリジナルの技として身につけていかなければならない。テークダウンでバックを取り、そこから攻撃するのではなく、テークダウンから一気にフォールへ持ち込む技を開発してほしい。
■ノン・オリンピックのレスリング・スタイルの発展も目指す
――話をFILAに戻しますが、FILAのラロビッチ会長がイランのアミール・ハデム会長と会談されたそうですが、イランで女子をやってもらわないと、レスリングのグローバル性が欠けたままになってしまいます。IOCの理念(男女平等)にも反します。イランに女子を働きかけることはあるのでしょうか?
福田 働きかけてはいるが、イランが宗教上の理由で受け入れてくれない。難しい。国外に住むイラン女性がレスリングをやり、イラン代表で出てもらう方法も考えられるが、イランの国民が受け入れないだろう。
――FILAがレスリングの新スタイルとして取り組んでいたグラップリングやパンクラチオンが再編され、アマチュアMMA(総合格闘技)がなくなりました。総合格闘技はIOCに受け入れられなかったのでしょうか?
福田 足で顔を蹴るとか、ダウンした相手を殴るとかがIOCから受け入れられていないようだ。しかし、FILAはノン・オリンピック・スタイルを推進していく姿勢は持っている。総合格闘技も、ルールをきちんと整備して安全性を強調していくことでスポーツとして認められると思う。いろんな格闘技を受け入れていき、オリンピック競技を目指してもらう方針だ。
――野球やソフトボールが復帰できないように、オリンピック種目に加わるのは、かなり困難な状況ですが。
福田 世界的な普及が必要。5年や10年では無理だろうが、時間をかけてしっかりした競技・組織にしていけば、道は開ける。格闘技全体の発展のためにはいいことだと思う。トルコのオイルレスリング、モンゴル相撲、アフリカのトラディショナルレスリング…。どれも可能性を持っている。格闘技全体の発展はレスリングの発展につながる。