※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
日本協会の理事会で、栄和人・女子強化委員長(至学館大教)が4月からナショナルチーム・コーチに就任し、3スタイルをまとめる強化委員長に就任した。任期は1年毎だが、2020年東京オリンピックまでの長期計画で強化を託される予定だ。
栄和人・強化委員長に2020年までの強化方針を聞いた。(聞き手=樋口郁夫)
ロンドン・オリンピックで優勝した吉田沙保里を肩車する栄和人・強化委員長
栄和人・委員長「ナショナルチーム・コーチは、ジュニア、シニアを問わず、すべての強化を管轄するのが役目です。そのため至学館大学を休職し、男女を通じたあらゆる世代の強化に専念します。規定では、月に20日間は全日本の強化に携わることになります。ただ、毎月20日間も全日本合宿をやっているわけではありません。協会が強化の拠点と認めたところで指導するのも全日本の強化と認められます。至学館大には全日本メンバーが多くいますので、ナショナルチーム・コーチの立場として至学館大での指導も行う。偏らないよう、バランスよくやっていきたいと思います」
――男子フリースタイルには和田貴広(国士舘大教)、男子グレコローマンには西口茂樹(拓大教)という強化委員長がいる。2人との関係は?
栄和人・委員長「男子の強化に直接口を出すつもりはない。和田、西口両委員長が責任を持って強化し、指導してほしい。自分は2人の力になれることがあれば、労力を惜しまずに協力したい。ただ、強化を丸投げし、やっていることをすべて認めるという意味ではない。『これはどうなのかな?』と疑問に思うことがあれば伝え、話を聞いたうえで、自分の意見を言わせてもらう。いくら強化のために必要だと言っても、湯水のごとくお金を使えるものではない。合宿や海外遠征の人数や回数など、経費の面で時に協会と現場とが衝突する場合もあると思う。その場合は間に立ち、ベストの方法を見つけたいと思う」 全日本合宿で選手を指導する栄和人委員長
栄和人・委員長「協会と現場がぎくしゃくしていては発展につながらない。両者が衝突した時だけでなく、ふだんからコミュニケーションをとり、思ったことを言い合える関係をつくりたい。時に苦渋の選択を強いることもあるかもしれないし、2人の委員長に厳しいことを言うこともあると思う。厳しさのない強化委員長になるつもりはない。ただ、そんな時でも徹底的に話し合い、納得してもらう努力をしていきたい。逆に、現場の意見を上層部へきちんと伝えられる委員長を目指したい。それがなければ、現場のコーチから信頼されない」
■「全日本コーチは、まず自分の所属の選手を強くしてほしい」
――和田委員長は鹿児島商工高校(現樟南高校)の後輩、西口委員長は日体大の後輩。やりやすい面はありますね。
栄和人・委員長「そのプラスはあります。一方で、男子の強化委員の中には、これまでほとんど接点のなかったコーチもいる。距離を置かず、気軽に話し合える関係をつくりたい。彼らに間違ってほしくないのは、私には男子の強化の現場を牛耳るといった考えはまったくないこと。一方的に批判や悪口めいたことは言ってほしくない。伝聞では正しく伝わらない。これまでにも自分に対する不満や批判を耳にしたことがあるが、聞いてみると、誇張されていたり、違う意味で言ったことが一人歩きしていたケースがほとんどだ。思ったことがあれば、きちんと伝えてほしい」 昨年の全日本学生選手権では、至学館大4選手を優勝させた
栄和人・委員長「全日本合宿以外では、主に至学館大で選手を指導することになる。強化指定選手以外の選手の指導もする。ナショナルチーム・コーチでありながら至学館大の選手の指導をすることに、もしかしたら批判が出てくるかもしれない。しかし、自分の所属選手を強くできない指導者が、全日本チームの指導者として通じるものかどうか。全日本のコーチは、指導に関して卓越したものを持っていなければならない。所属の選手を強くできるかどうかが指導者としての力量。全日本のコーチにも、まず自分の所属の選手を強くしてくれることを望みたい」
――所属選手の強化も、全日本コーチに求められることのひとつのわけですね。
栄和人・委員長「まず自分の所属の選手をしっかり育ててほしい。各指導者が強くした選手が集まるのが全日本チームだ。全日本合宿では、全日本コーチは所属を問わず分け隔てなく指導しなければならないが、その中でも、この選手のことは(ふだんから指導している)この指導者に任せたい、というのが出てくることもある。それでいいと思う。選手と指導者との強固な関係は必要。信頼関係を築くためにも、ふだんの指導をしっかりやってほしい」 昨年の世界選手権代表メンバーとともに
――具体的な強化についてお聞きしたい。2016年リオデジャネイロと2020年東京のオリンピックでのメダル獲得の目標は?
栄和人・委員長「全階級で金メダルと言いたいが、現実的には、リオデジャネイロでは女子は4階級で金メダル、残りはメダルが目標となるだろう。男子は両スタイルで最低1個の金メダルを取ってほしい。東京では、協会が金メダル10個を目標にしている。女子は金5個、男子は両スタイルで金5個が目標だ」
――女子は吉田沙保里と伊調馨の2選手がリオデジャネイロで4連覇を目指す。盤石の強さを築いたこと、築かせたことは評価できるが、一方で若手選手は何をやっているんだ、という面がある。
栄和人・委員長「その通りだ。リオデジャネイロでは吉田、伊調の4連覇が注目され、若手は東京という流れができつつあるが、リオデジャネイロまでに2人を引きずり下ろす気持ちで挑んでほしい。善戦で満足してはならない。2人が代表になることは決まっていない。一番強い選手が代表だ」
――女子の場合、重量級が世界と離されつつある。
栄和人・委員長「厳しい状況だ。63kg級までの4階級はリオデジャネイロ、さらに東京で代表候補と言える選手がたくさんいるし、これからも出てくると思う。上の2階級は、世界カデット選手権で3連覇した古市雅子(JOCアカデミー/東京・安部学院高)が順調に伸びてほしいが、全体としてみると層が薄く、東京オリンピックが見えてこない。選手を発掘し、強化しなければならない」
■「勝負の世界で大切なことは闘争本能であり、負けず嫌いの気持ち」
――男子の場合はどうですか? 現状を見て、リオデジャネイロで金メダル取れますか?
栄和人・委員長「難しいと思う反面、金メダルに近づける選手はたくさんいるというのが正直な感想だ。それらの選手の中から、何としても金メダルを取らせたい」 現役時代、安達巧選手(現日本文理大監督)と壮絶な闘いを繰り広げた栄強化委員長(1992年3月)
栄和人・委員長「プライドが足りない面はあると思う。『こんな選手に負けてたまるか!』といった意地を出して闘い、勝つだけの自分をつくっていない。ふだんから追い込んでなく、試合のようなスパーリングをしていないからだ。ロシア、アゼルバイジャン、イランといった国の名前に負けていることもあると思う。『ロシア相手だから負けてもいい』という気持ちがある。だれが相手でも勝つ、という負けん気の強い選手でなければ世界では勝ち抜けない」
――日本のジュニア選手が本気に勝つ気持ちで全日本トップ選手に向かっておらず、トップ選手に意地を出す経験が少ない、という一面があるのでしょうか。
栄和人・委員長「あるかもしれない。自分達は高校に進んでからレスリングを始めるのが普通だったが、今はキッズ時代からレスリングをやっているので、ジュニア選手の技術は素晴らしいものがある。しかし、勝負の世界で大切なことは闘争本能であり、負けず嫌いの気持ちだ。国内のライバル間で、あるいはトップ選手と若手選手との間で、闘争心と闘争心のぶつかり合いが頻繁に行われれば、全体の力が上がっていくと思う」
■「レスリングのステータスの向上が強化につながる」
――そのジュニアの強化については、どう考えていますか?
栄和人・委員長「ジュニアの強化は、高校が原喜彦(新潟・新潟県央工高教)、大学が小幡邦彦(山梨学院大コーチ)、女子が吉村祥子(エステティックTBC)の各コーチが責任者となっている。ナショナルチーム・コーチとしてジュニアの強化も私の責任となっているし、東京オリンピックでの勝利を目指すにはこの世代の強化が必要不可欠だ。連携し、しっかり強化したい。選手には明確な目標を持ってもらいたいと思う」
――そのために一番大事なことは?
栄和人・委員長「レスリングが魅力あるスポーツであることをアピールしていきたい。レスリングのステータスは、以前とは比べものにならないほど上がっているが、もっと上げていきたい」 世界的な俳優のアーノルド・シュワルツネッガーに気に入られ、スカウトされた(?)吉田沙保里。
栄和人・委員長「吉田沙保里の存在はレスリングのステータス向上に大きな力となっている。オリンピックで3大会連続金メダルを取ったことのみならず、講演、地方のキッズクラブでの指導、東日本大震災の被災地への訪問などの行動が、レスリングの存在を世間に認めさせた。バラエティー番組に出ることの批判はあるようだが、そのおかげでレスリングの存在が全国に浸透している。練習もやらずに番組出演ばかりしていては問題だが、吉田はやることをきちんとやっていて、結果を出している」
――強さだけを求める段階ではない、社会への貢献も必要、と。
栄和人・委員長「先日、福田会長や馳浩副会長、吉田沙保里、柔道の山下泰裕さんらと都内で行われた2020オリパラ東京大会成功シンポジウムに参加し、下村博文部科学大臣とも会いました。大臣からも『オリンピアンが全国で講演などを行うことで、2020年東京オリンピックへ向けての意識の高揚につながる。よろしく頼む』と言われた。強化だけでなく、全国で、レスリングのみならずオリンピックへ向けて意識を高めていくこともやっていきたい。それが最後は強化にはね返ってくる」
――オリンピックでの金メダル獲得には、ファンのサポートが絶対に必要ですね。日本のサッカーが「ワールドカップに出るのは当りまえ」くらい強くなったのは、人気が出て多くのファンからの応援を受け、時に厳しい視線を向けてくれているからだと思います。
栄和人・委員長「絶対に必要なことです。ファンの多さは強化につながります。これは強化委員長の仕事ではないと思いますが、試合会場が満員のお客さんで埋まるようなレスリング界をつくっていきたい」