2014.01.15

【特集】和田貴広・男子フリースタイル強化委員長(国士舘大教)に聞く

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

 男子フリースタイルの和田貴広強化委員長(国士舘大)率いる新・全日本チームがスタートした。現役時代は必殺のワダ・スペシャルを駆使して、1990年代中盤の日本レスリング界を支えた強豪選手。

 2001年から2008年北京オリンピックまで日本協会専任コーチとして全日本チームをサポートした。約5年半の充電を経て全日本チームの先頭に立つ。

 2016年リオデジャネイロ・オリンピックの予選開始まで約1年8ヶ月。本大会まで約2年7ヶ月。限られた中で、男子フリースタイルをどう強化していくのか。和田委員長に聞いた。(聞き手=樋口郁夫)


 ――昨年12月に男子フリースタイルの強化委員長の重責を受け、今のお気持ちからお聞きしたい。

 和田「2001年から8年間、日本協会の専任コーチをやり、その後も強化委員会のメンバーに名前を連ねてはいましたが、この年(42歳)で強化委員長をやることになるとは思っていなかった。最初は心の準備ができていなかったというのが正直なところです」

 ――2008年北京オリンピックまでの8年間、富山英明強化委員長は、現場の指導は和田コーチに全面的に任せていたように見えた。全日本チームを引っ張る経験は十分にあると思うが。

 和田「現場を任せられることと、強化委員長として指揮することは違います。委員長は合宿の内容や海外遠征など、いろんなことに責任をもってやる必要があります。ただ、一人で決めるわけではない。優秀なコーチの意見を聞きながらまとめていきたいと思う。技術指導は若いコーチにどんどんやってもらおうと思っている」

――その中で、強化委員長としてのリーダーシップが必要だ。和田カラーというものは?

 和田田「まだ、そこまで考えていないですね(笑)。全日本チームには意識の高い選手が集まっていて、モチベーションは高い。ことさら自分やコーチが考えを押しつけなくてもいいと思います」

 ――ロンドン・オリンピックまでの佐藤満強化委員長の4年間を見て、感じることはありましたか?

 和田「2004年アテネ、2008年北京とある程度の結果は残しましたが、金メダルを取れなかったわけで、もっと何かいい方法があったのでは? という気持ちは、いつも持っていました。昨年はオリンピックのレスリング存続や階級の変更など、いろんなことがあって、まだ頭の中の整理がつかない状況です」

■現れるか? 必殺のワダ・スペシャルの後継者

 ――昨年5月にルールが変わり、今年1月にも修正がありました。

 和田「3分2ピリオドのトータルポイント制に戻ったことで、試合展開が大きく変わり、技術が増えてきたのは確かです。2分3ピリオド時代は1点を取って守るレスリングが主流でしたが、今はいろんな展開が考えられる。あらゆる状況において、あらゆることを想定して強化していきたい」

 ――2020年東京オリンピックを目指す選手は、2分3ピリオド下での試合しか知らない。

 和田「正直なところ、技術が乏しいと感じることはある。パーテールポジションからの攻撃といえば、ローリング、またさき、アンクルホールドくらいしか知らないのではないしょうか。外国の選手も同じかもしれませんが、今後は、いろんなグラウンド技術が展開される。あらゆる技術展開を想定して指導していかなければならないと思っている。逆に、選手の特性を生かせるルールになってきたので、それも考えていきたい」

――2分3ピリオドの時代には、和田委員長の必殺技だったワダ・スペシャルといったグラウンド技を見かけることがなかった。その必要性があまり感じられないルールだったわけですが、今後は伝授していくこともありますか?

 和田「希望してくる選手がいれば、ですね(笑)」

 ――全日本選手権では、国士舘大OBの葈澤謙選手(自衛隊=フリースタイル84kg級)が披露し、びっくりしました。

 和田「学生時代に教えました。学生時代は使わなかったのに、卒業したあとに使いましたね(笑)。受けた選手(浅井翼=京都・京都八幡高)が面くらっていましたが、技を知っていると知らないとでは対応も違う。今後は、今まであまり披露されていなかったグラウンド技が展開されると思う。そうした技があることを知ってもらうことが大事です」

 ――投げ技が4点になります。その代わりテクニカルフォールが10点差になるわけですが、フリースタイルの技術展開は変わりますか?

 和田「ルールにそって強化していくのは当然です。田南部コーチ(力=警視庁)も井上コーチ(謙二=自衛隊)も、現役時代、重要な試合では投げ技でポイントを稼ぎました。投げ技が得意な人は、これまで以上に磨いてほしいですが、投げ技を持っていない選手も、一気に4点取れる技をマスターしていく必要があるでしょう」

 ――試合開始直後に一本背負いや飛行機投げで4-0としたら、気持ちがかなり違うでしょうね。

 和田「レスリングは相手をフォールする格闘技ですが、ポイントも取っていかなければならない。4点というのは魅力です。最終的にどうしても大技をマスターできなくとも、練習を重ねることで防御の技術が上がってくる。投げ技の練習は必要です」

■非オリンピック階級の強化も全力で

 ――階級区分が変わります。これまで55、60、66kg級だった人は、新階級下での選択が難しいわけですが、強化委員会として選手には何を望みますか。

 和田「最終的には本人の決めることです。上の階級を目指しながら、体重がどうしても増えずに、結局は下げる選手も出てくるでしょうが、どの国も同じ条件です。自分で決めなければならない」

――成長期の若い選手には「下げるより、上げる方がいい」とかの指示をすることもあるのでしょうか。

 和田「アドバイスはしますが、最終的には本人が決断すべきことです。強化委員が踏み込む問題ではありません」

 ――和田委員長の現役時代にも階級区分の変更があり、62kg級から63kg級へ変わりました(最終的には69kg級へ階級アップ)。1kgの差というものを経験として知っているわけです。ケースは逆ですが、66kg級で闘っていた米満達弘選手が65kg級にする場合、この1kgはどんな影響をもたらすものでしょうか。

 和田「私は強化委員会のメンバーでしたが、米満選手が減量する場面にかかわったことがありません。伝え聞いたところによると、66kg級への減量もかなりきつかったと聞いています。そこから、さらに1kg落とすとなれば、体そのものを変えていく必要があると思います。ハードトレーニングの中にも、体重が増えないようなトレーニング方法をさぐっていくことが必要です。自衛隊には食事面など体調管理に関してすばらしい環境がそろっているので、65kg級でやると決めた場合、期待しています」

 ――オリンピック実施階級以外に、世界選手権や大陸選手権では61kg級と70kg級という階級ができました。この2階級の扱いと言いますか、「オリンピックを目指すなら、最初からオリンピック階級でやった方がいい」といった考えはありますか?

 和田「各年に行われる世界最高レベルの大会が世界選手権なわけで、そこを目標にしてやることは間違っていないと思います。非オリンピック階級であってもまず世界一になって、それからオリンピック階級に上げる、という選手がいても、止めることはできません。オリンピック・チャンピオンは生まれましたが、世界チャンピオンは(1983年以来)生まれていないので、目指させたいと思います」

■9月の世界選手権とアジア大会の派遣が難問

 ――今年の具体的な強化活動計画をお聞きします。合宿や遠征の頻度は?

 和田「基本的に1ヶ月に1度、合宿や遠征が組まれています。マルチサポート事業で、トップ選手には全日本合宿の時以外にも国立スポーツ科学センターで指導を受けられる体制もできています」

 ――合宿に呼ぶ選手は?

 和田「全日本の1~2位、または1~3位の選手でやりたい。全日本選手権や全日本選抜選手権の順位にのっとって選考します。全日本チームというのは、国内で成績を出して世界を目指す選手の特別な場所、聖域だと思っています。ただ、合宿に参加する選手の数も必要ですので、授業や勤務の関係で参加選手が少ない場合は、全日本学生選手権やJOC杯などで成績を出し、強化委員会が将来有望と認めた次世代の選手を呼んで強化したい」

――冬の強化では、ロシア組とイラン・トルコ組とに分かれて鍛えますが、今のフリースタイルはロシアとイランが目標でしょうか。

 和田「出場する3大会は世界の強豪が集まる大会です。そこで自分の実力がどこまで通用するか知ってもらうことと、外国の選手をしっかり見てもらいたい。オリンピックの直前には、知らない選手や闘ったことのない選手がいなくなるくらいにまで、世界の強豪と闘わせたい。今後、一回の遠征で多くの試合に出られるような計画も考えていきたい」

 ――4月のアジア選手権(23~27日=カザフスタン)の計画は?

 和田「イラン・トルコ遠征のあと、2月、3月、直前と3度の合宿をして臨みます。基本的に全日本選手権のチャンピオンを派遣しますが、階級区分が変わったので、まずチャンピオンに自分の出たい階級を選ばせようと思っています」

 ――その後、全日本選抜選手権を経て、9月に世界選手権(8~14日、ウズベキスタン)とアジア大会(26~30日=大会の開会式は19日、韓国)があるわけです。日程が詰まっていて、派遣が難しそうですね。

 和田「日程の問題もそうですが、アジア大会は2013年までの階級でやるという情報があります。57kg級で世界選手権に出た選手が、2週間後に55kg級でやるというのは不可能に近い。しっかりと話し合い、派遣選手を決めたい。夏は恒例の菅平合宿もやります。味の素トレーニングセンターの環境は最高ですが、野外の高地トレーニングもいいことだと思います」

 ――今年から、フリースタイルとグレコローマンの合宿を別々にやることになりました。

 和田「フリースタイルとグレコローマンは、極端なことを言えば別な競技だと思います。練習方法や強化方針が違うのも当然だと思いますし、分けてやることに何の問題もないことで、分けてやることにしました。ただ、合同でやる合宿もあり、全日本チームとしての一致団結も目指します」

 ――分かれてやることで、フリースタイルの選手とグレコローマン選手が競い合う、という面が出てくるような気がします。

 和田「あるでしょうね。お互いに『負けられない』という気持ちが出てくるのは当然だと思います。刺激し合うことは、いいことだと思います」

 ――リオデジャネイロ・オリンピックの第1次予選(2015年世界選手権)まで、あと1年8ヶ月、第2次予選開始まで2年ちょっとです。「もう、それしかないの?」という感じですか?

 和田「危機感はあります。日にちが足りないとは感じます。ただ、焦ると逆効果になるので、問題をひとつひとつクリアしていきたい。去年の世界選手権でメダルはありませんでしたが、内容が悪いわけではない。一歩一歩がんばっていきたい」