※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫)
坂野結衣(日大)
それも完治し、いよいよ世界への再挑戦が始まる。復帰戦が全日本選手権という大舞台。さすがに「すごく緊張しています」とブランクからくる不安を感じ、「勝つことより、自分のレスリングをしたい」と控えめだが、「ダメなら、また頑張ればいい」と開き直りの気持ちも。
伊調馨(ALSOK)の階級ダウンと川井梨紗子(至学館大)の階級アップで一躍注目のクラスとなった同級で、ブランク前の勢いを取り戻せるか。
■手術が成功しても、不安や焦りに襲われる
クリッパン女子国際大会では、相手のがぶり返しをこらえようと右手をついた時、じん帯がはずれてしまい、骨には異状なかったが、外側じん帯、内側じん帯とも損傷してしまった。元々痛めていたところ。翌月のワールドカップ(モンゴル)出場も決っていて、「せっかくのチャンス。すごく悔しかったです」という気持ちの一方、「オリンピックが目の前にあるわけではない。手術するなら今」と決め、前進のための後退を選んだ。
昨年の全日本選手権は決勝に残るも、伊藤彩香に敗れ2位
マットに復帰してスパーリングができるようになってみると、後輩が強くなっていることに驚き、「焦りがすごかった」と振り返る。国際大会7大会連続優勝という過去の成績など、気休めにもならなかった。「国内で勝たなければ、世界に出られないのですから」。1からのスタートとなった。
■リハビリ中の周囲のサポートが心の支え
大阪・吹田市民教室でレスリングを始め、全国少年少女大会で3度優勝。「周りに全国チャンピオンが多く、追いつくように頑張っていたら自分もチャンピオンになった。自然に中学でもやるようになった」そうで、中学では3年生の時に全国チャンピオンへ輝いた。
2009年に全国中学生選手権で優勝
坂野を何よりも支えているのは、リハビリ中に受けた周囲のサポートだ。日大入学の時から練習ができない事態となったが、「監督やコーチ、先輩、同期の方々から治療を優先させてもらいました。治療のためやむをえず授業に出られない時もありましたが、友達がノートを見せてくれました」と、多くの人がカムバックを応援してくれた。
同じ手術を経験した人のみならず、いろんな人が悩みや不安を聞いてくれ、励ましてくれた。「焦らず、しっかり治していこうと思い、ここまで来ることができました」と感謝する。将来の飛躍につながるエネルギーをたっぷりもらったわけで、今回は結果が出なくとも、世界で通じた実力が戻るのは、そう遠い日のことではあるまい。
アジア女子合宿の最中にも日大道場で練習する坂野
伊調馨の参戦はエントリーが発表されるまで知らなかった。59kg級という狭間(はざま)の階級にいたこともあり、吉田、伊調の2人とは闘ったことはない。「これまでは同世代の中で勝たないと、という気持ちでしたが…。上に挑むという気持ちで試合するのも、いい機会かな、と思うようにしています」。
もちろん、伊調と闘える保証はない。世界選手権代表の伊藤彩香は負傷治療で不参加だが、アジア選手権優勝の隈部千尋(環太平洋大)や世界ジュニア選手権55kg級優勝の川井梨紗子(至学館大)、ゴールデンGP決勝大会3位の坂上嘉津季(至学館大)など強豪がそろっている。復帰明けの状況でどこまで闘えるか。
「ここまで戻ってきたというアピールができればいいな、と思っています」。控えめな言葉の中にも、再浮上を目指す気持ちが十分に感じられた。
坂野結衣(さかの・ゆい=日大) 1994年7月18日生まれ、19歳。大阪府出身。東京・安部学院高卒。2009年に全国中学生選手権で、10・11年にJOC杯カデットで、11年に全国高校女子選手権で優勝。国際大会では、10年にクリッパン女子国際大会(カデット)で勝ったあと、10年アジア・カデット選手権、11年クリッパン女子国際大会(カデット)、11年世界カデット選手権、12年クリッパン女子国際大会(シニア)、12年アジア・ジュニア選手権、12年ゴールデンGP決勝大会と優勝を重ねた。2012年全日本選手権は2位。160cm。 |