2013.12.17

【特集】全日本選手権へかける(4)…女子59kg級・坂野結衣(日大)

※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。

(文=樋口郁夫)

坂野結衣(日大)

 世界カデット選手権やアジア・ジュニア選手権のみならず、前年の世界チャンピオンを破ったゴールデンGP決勝大会を含め、国際大会をデビューから7大会連続で優勝を続けた女子59kg級の坂野結衣(日大1年)。今年2月のクリッパン女子国際大会(スウェーデン)で右ひじを痛めて連続優勝がストップ。手術に踏み切って半年間のブランクを迎えることになった。

 それも完治し、いよいよ世界への再挑戦が始まる。復帰戦が全日本選手権という大舞台。さすがに「すごく緊張しています」とブランクからくる不安を感じ、「勝つことより、自分のレスリングをしたい」と控えめだが、「ダメなら、また頑張ればいい」と開き直りの気持ちも。

 伊調馨(ALSOK)の階級ダウンと川井梨紗子(至学館大)の階級アップで一躍注目のクラスとなった同級で、ブランク前の勢いを取り戻せるか。

■手術が成功しても、不安や焦りに襲われる

 クリッパン女子国際大会では、相手のがぶり返しをこらえようと右手をついた時、じん帯がはずれてしまい、骨には異状なかったが、外側じん帯、内側じん帯とも損傷してしまった。元々痛めていたところ。翌月のワールドカップ(モンゴル)出場も決っていて、「せっかくのチャンス。すごく悔しかったです」という気持ちの一方、「オリンピックが目の前にあるわけではない。手術するなら今」と決め、前進のための後退を選んだ。

手術後の経過は順調で、8月には打ち込み、10月にはスパーリングができるまでに回復した。けがで長期間のブランクを経験した選手はだれもがそうだろうが、体力が回復しても、不安は簡単に消えてくれるものではない。坂野の場合も、休んでいる間に目標の伊藤彩香(至学館大)が世界選手権で5位に入賞。同期の選手が世界ジュニア選手権で優勝するなどして成績を残していき、「不安でした」と率直な気持ちを話す。

 マットに復帰してスパーリングができるようになってみると、後輩が強くなっていることに驚き、「焦りがすごかった」と振り返る。国際大会7大会連続優勝という過去の成績など、気休めにもならなかった。「国内で勝たなければ、世界に出られないのですから」。1からのスタートとなった。

■リハビリ中の周囲のサポートが心の支え

 大阪・吹田市民教室でレスリングを始め、全国少年少女大会で3度優勝。「周りに全国チャンピオンが多く、追いつくように頑張っていたら自分もチャンピオンになった。自然に中学でもやるようになった」そうで、中学では3年生の時に全国チャンピオンへ輝いた。

高校は親元を離れて東京・安部学院高校へ。ここでも3年生の時に全国高校生女子選手権で優勝。下級生の時から全国一に輝くほどの卓越した選手ではなく、努力で一段ずつ階段を昇ってきた選手だ。それだけに、1からの再スタートも苦にはなるまい。同じスピードで歩んでいけばいいのだから。

 坂野を何よりも支えているのは、リハビリ中に受けた周囲のサポートだ。日大入学の時から練習ができない事態となったが、「監督やコーチ、先輩、同期の方々から治療を優先させてもらいました。治療のためやむをえず授業に出られない時もありましたが、友達がノートを見せてくれました」と、多くの人がカムバックを応援してくれた。

 同じ手術を経験した人のみならず、いろんな人が悩みや不安を聞いてくれ、励ましてくれた。「焦らず、しっかり治していこうと思い、ここまで来ることができました」と感謝する。将来の飛躍につながるエネルギーをたっぷりもらったわけで、今回は結果が出なくとも、世界で通じた実力が戻るのは、そう遠い日のことではあるまい。

■同世代間での闘いとオリンピック女王への挑戦

 伊調馨の参戦はエントリーが発表されるまで知らなかった。59kg級という狭間(はざま)の階級にいたこともあり、吉田、伊調の2人とは闘ったことはない。「これまでは同世代の中で勝たないと、という気持ちでしたが…。上に挑むという気持ちで試合するのも、いい機会かな、と思うようにしています」。

 もちろん、伊調と闘える保証はない。世界選手権代表の伊藤彩香は負傷治療で不参加だが、アジア選手権優勝の隈部千尋(環太平洋大)や世界ジュニア選手権55kg級優勝の川井梨紗子(至学館大)、ゴールデンGP決勝大会3位の坂上嘉津季(至学館大)など強豪がそろっている。復帰明けの状況でどこまで闘えるか。

 「ここまで戻ってきたというアピールができればいいな、と思っています」。控えめな言葉の中にも、再浮上を目指す気持ちが十分に感じられた。

坂野結衣(さかの・ゆい=日大)
 1994年7月18日生まれ、19歳。大阪府出身。東京・安部学院高卒。2009年に全国中学生選手権で、10・11年にJOC杯カデットで、11年に全国高校女子選手権で優勝。国際大会では、10年にクリッパン女子国際大会(カデット)で勝ったあと、10年アジア・カデット選手権、11年クリッパン女子国際大会(カデット)、11年世界カデット選手権、12年クリッパン女子国際大会(シニア)、12年アジア・ジュニア選手権、12年ゴールデンGP決勝大会と優勝を重ねた。2012年全日本選手権は2位。160cm。