※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=樋口郁夫)
2020年東京オリンピックで実施される最後の1競技に、大方の予想通りレスリングが選ばれた。大胆な組織改革などが実った結果で、他にもレスリング除外の決定に対して世界的な批判が起き、レスリングの伝統とオリンピック競技としての必要性が示された形だが、これをもってレスリングの立場が安泰というわけではなく、残された課題は多い。
追加競技を決める9月8日の国際オリンピック委員会(IOC)の総会では、まず2月にレスリングの中核競技からの除外を決めた決定に対しての批判が起きた。
複数のメディアが報じたところによると、リチャード・パウンド委員(カナダ)が「今回の総会は実施競技の決定ではなく、最古のオリンピック競技のひとつ(レスリング)の存続に終始しているようだ」と批判。「理事会で除外したレスリングを、同じ理事会が最終候補の3競技に含めたのは矛盾。選定作業を全面的に見直すべきだ」と主張し、レスリングを存続させたうえで、来年2月のソチ・オリンピックの時まで投票を延期し、新たな1競技を追加する案を提案した。
チャン・ウン委員(北朝鮮)も「レスリングが中核競技から除外された理由が明確でない。詳しい説明が必要だ」と主張したが、ゲルハルト・ハイベルグ委員(ノルウェー)が「決定を先送りにする理由が理解できない」と反論した。
ジャック・ロゲ会長は、レスリングが中核競技からはずれたのは「国際レスリング連盟の運営があまりにまずかったからだ。理事会に選手がおらず、選手が一切の投票権を持たないほか、幹部に女性がいない。ルールが一般人に分かりにく、連盟がテレビ観戦に適したスポーツへの変革に後ろ向きだ」などと説明。関係競技団体に公平になるよう事前に決められたプロセスを堅持するよう求め、理事会決定を承認するかどうかの投票に移った。
結果は、賛成77票、反対16票、棄権2票で、レスリングの中核競技からの除外がIOCとして正式に決定。続いて追加1競技を選ぶ会議に入り、3競技のプレゼンテーション・質疑応答のあと、投票へ。第1回の投票でレスリングが過半数の49票を獲得し、野球&ソフトボール(24票)、スカッシュ(22票)を退けた。
■“3000年の歴史の最大の危機”を救った新生FILAに期待
2020年東京大会での実施競技に決まったレスリングは、規定で2024年大会での実施も確定した。2017年には、2024年大会で実施される競技の“入れ替え作業”が行われる見込みだが、ここでのレスリングの立場は安泰。
しかし、2028年大会以降については未定。中核競技の見直しや、IOC憲章を改定して28競技にこだわらず実施競技と大会期間を増やすという案も浮上しているが、決定されている事項はない。 さらなる改革が期待されるネナド・ラロビッチ会長
プレゼンテーションの後に行われた質疑応答では、「レスリング界に汚職やメダルの売り買いがあると聞いている」といった辛らつな質問も飛び出た。「メダルの売り買い」というのは“八百長マッチ”のことと思われる。世界選手権などで、確証はないものの、それらしき試合があるのは確かで、こうした面への監視体制の必要も出てくる。
また、「なぜ女子はグレコローマンがないのか」という質問も出た。これは北京オリンピック女子48kg級金メダリストのキャロル・ヒュン(カナダ)が「女子は歴史が浅く、フリースタイルから始まり、フリースタイルへの取り組みが精いっぱいでした。今後、グレコローマンに関心が出てくれば、取り組むことになるでしょう」とかわしたが、IOCはあくまでも男女同数階級の実施を求めてくることが予想される。
ネナド・ラロビッチ会長(セルビア)は、5月にスウェーデンのメディアからこの問題を問われた時、「女子にグレコローマンは危険だと思う」と話し、女子グレコローマンの導入には否定的だったが、それがIOCに対して通用するものかどうか。
IOC内には、技の攻防の少ないグレコローマンへの懐疑的な声は消えておらず、グレコローマンの廃止、または男女4スタイルで18階級、男子両スタイルで9階級・女子9階級といった選択に迫られる事態も考えられる。
オリンピックに生き残ったレスリングだが、永久に残るための課題は山積み。レスリングの“3000年の歴史の最大の危機”を救ったラロビッチ会長をはじめとした新生FILAの活動に期待したい。