※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文=保高幸子)
今年4月から発足した日本協会の強化委員会には、岐阜県中津川市にある中京学院大の馬渕賢司監督(右写真)がグレコローマンの委員(コーチ)に選ばれた。西日本の大学の指導者が強化委員会に名を連ねるのは、2001年に福岡大のコーチを務めていた嘉戸洋委員(1996年アトランタ・オリンピック代表=現環太平洋大監督)以来で、2人目になる。
中京学院大は昨年12月、創立から13年目にして西日本学生リーグ戦で初優勝。今年5月の春季リーグ戦も制し、2季連続で西日本学生界のトップとなった。全日本王者には手が届かなかった馬渕コーチ(以下、「馬渕コーチ」と表記)だが、指導能力では卓越した才能を発揮した。
馬渕コーチが異色なのは、地方大学の監督と言うことだけではない。本職は幼稚園(学校法人恵峰学園)の教員であり、幼稚園児に体育を教えていること。2003年10月から大学のレスリング部の監督(初期は特別コーチとして就任)を兼任している。
■岐阜県協会の丸山充信会長との出会いで中京学院大へ
日体大時代の1995年に全日本大学グレコローマン選手権で優勝。翌春に卒業し、故郷の岐阜に帰ってからは、教員を目指しつつ現役を続け、県内の養護学校を転々としていた。1997年には全日本社会人選手権優勝という実績もつくった。その頃、岐阜県レスリング協会の丸山充信・副会長(現会長)との出会いがあった。
1995年の全日本大学グレコローマン選手権。日大エースのルイス・バレラを破り、大学王者に輝いた
同じ岐阜県出身の伊藤広道氏(自衛隊・前監督=強化委員会副委員長)の後押しもあり、丸山会長が理事長を務める学校法人恵峰学園に就職。現役を引退して同部にコーチとして派遣され、のちに監督に就いた。それから約9年で中京学院大を優勝に導いた。
この間、全日本学生連盟の強化委員にもなり、同時期に委員だった西口茂樹・拓大部長(現グレコローマン強化委員長)とともに学生の海外遠征などにも参加した。西口強化委員長は馬渕コーチが学生だった時代に日体大でコーチを務めており、旧知の間柄だった。数年前から指導者同士として話す機会が増え、意見交換する中で信頼を得ることになった。
西口委員長は「強化コーチは、オリンピックのメダリストであったり、元全日本チャンピオンだったりするのが一般的。彼は異色。レスリングだけではなく、中津川の青年会議所に所属してリーダーとしての資質を磨いてきたし、行政でも経験を積んでいる。中京学院大の西日本での優勝もあるが、彼が運営した去年の岐阜国体は大成功だった。レスリングだけでなく、何足ものわらじをはいてきた彼のバランス力、プロデュース力はいろんなところで評判になっていますよ」と言う。
■地元では青年会議所のメンバー
全日本合宿で選手に指導する馬渕コーチ
国体に向けては2006年から2012年まで約7年間、中津川市役所に出向し、実行委員会に籍を置いた。ナショナルチームのコーチとしてはかなり異色の経歴である。
学生選抜チームの遠征「デーブシュルツ国際大会」(米国)にコーチとして参加した時のエピソードは有名だ。普通、チームは開催国がお膳立てしたバスに乗って移動するが、利用できるバスがなく、チームのストレスになっていた。そこで馬渕コーチはレンタカーを手配するという方法にでた。
やたらと強化費を使うわけにはいかないが、選手達が望むならと選手団に提案し、みんなで費用を出し合ってレンタカーを手配した。西口強化委員長は「とにかく気が利くし、選手も頼りにする」と大きく信頼を置いている。
馬渕コーチがナショナルチームで目指すのは、コーチ陣と選手のパイプ役。「若手のコーチをまとめ、選手やコーチ双方から相談を受け、マネージメントしていきたいと思う。グレコローマン・チームがうまくいくようにサポートしていくのが私の仕事だと思っています。技術面のコーチは揃っている。西口強化委員長にはそのあたりを認めていただいたと思う」と、自身の役割を心得ている。
昨年12月の中京学院大の初優勝。最初に宙を舞ったのは丸山会長だった。右端が馬渕監督
「外部の監督というのは、普通は仕事が終わらないと練習に行けません。私は丸山会長のはからいで、朝練習と午後練習はいかせていただいている。今回はナショナルチームにも参加を認めていただいた。すべて丸山会長のおかげです。感謝しています」。
馬渕コーチが中京学院大を優勝させるに至ったのも、ナショナルチームのコーチに就任できたのも、丸山会長の寛容な送り出しと期待によるもの。昨秋の中京学院大の初優勝の際には、選手から胴上げをリクエストされたが、「会長が先だ」と、まず丸山会長を呼び寄せたほどで、感謝の気持ちは大きい。
ナショナルチームで得る経験を持ち帰れば、丸山会長の「岐阜県のレスリングを盛り上げたい」という期待に応えることにもなるだろう。
西口強化委員長の「チームにいなくてはならない人材」との肝いりで就任した馬渕コーチ。その成果は、表にはっきりと出るものではない。しかし、「縁の下の力持ち」の存在はチームの躍進の一助となることは間違いない。