※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
明大の生んだオリンピック&世界メダリスト。左から宮原章、和田喜久夫、宗村宗二、森田武雄の各氏(柳田英明氏らは欠席)
式は田村英司OB会長の「(明大は)オリンピックや世界選手権に多くの選手を輩出し、日本レスリング界の中心を支えてきた。残念ながらこのところ苦戦が続いているが、最近、大学からの支援で確実に戦力が上がっている。選手とOBが一丸となり、80年の伝統を受け継ぎ、強い明治を復活させたい」とのあいさつでスタート。同大学の日高憲三理事長、福宮賢一学長も祝辞を述べた。
日本協会からは福田富昭会長があいさつ。「滑川高校で私を鍛えてくれたのは明大OBの石倉俊太さんだった。明大から誘われたが、特待生制度のある日大へ行くことになった」と、明大とのつながりを披露。「日本レスリング界の栄光は、早稲田、慶応、中大、明大の基盤があってこそ」と話し、伝統復活を期待。
全日本学生連盟の藤沢信雄理事長(大東大職)、オリンピック金メダリストを代表してあいさつした高田裕司・日本協会専務理事も、ともに高校時代に明大からスカウトを受けたそうで、「もしかしたらOBとしてここにいたかもしれない」と、明大への思いを話した。
式の最後に、坂本賢祐主将が「この春6人の新人が入った。チーム一丸となって、80年の伝統を受け継ぐべく努力したい」とあいさつした。
■2人のオリンピック金メダリストを輩出
明大は1934年に、1931年に創設された早大に続き、日本で2番目のレスリングチームとして発足(当初は同好会)。同年12月の第1回早明対抗戦は、現在の東日本学生リーグ戦のルーツと言われる。
翌年1935年には全日本選手権で優勝者を輩出。1936年には部に昇格し、同年10月の4大学(早大、明大、慶大、専大)によるリーグ戦で優勝。12月の全日本選手権でも3選手が優勝と台頭。以後、戦前は6季連続優勝を含めて早大を凌駕(りょうが)した。
戦前は、新たに力をつけた中大とともに覇権を争い、関東(現東日本)学生リーグ戦では1967年までに戦前を合わせて18度優勝。1995年に日体大に破られるまで最多優勝記録だった。個人では、数多くの全日本王者のほか、オリンピック代表18人を輩出。その中で、1968年メキシコ大会で宗村宗二(グレコローマン・ライト級)、1972年ミュンヘン大会で柳田英明(フリースタイル57kg級)の2選手が金メダルを獲得した。
オリンピック代表は1980年モスクワ大会の“幻の代表”を最後に生れておらず、リーグ戦でも優勝戦線にからむことがなくなったが、最近では全日本学生選手権や全日本大学選手権で3位以内に入賞する選手や、新人選手権で優勝する選手、世界ジュニア選手権に出場する選手などが生まれ、古豪復活を目指している。
※詳細は、明治大学レスリング部ホームページへ