※本記事は日本レスリング協会に掲載されていたものです。
(文・撮影=樋口郁夫)
21回目を迎えたJOCジュニアオリンピックカップ(4月27~28日、神奈川・横浜文化体育館)。ジュニアの部は大学1、2年生の大会というイメージが強いが、男子グレコローマン84kg級は初戦で前年王者を破った自衛隊の角雅人(佐賀・鳥栖工高卒=右写真)が、その勢いを続けて優勝。初の全国制覇を達成した。
これまで、男子の自衛隊選手でこの大会を制した選手はいない。高卒で自衛隊に進んだ場合、1年間は自衛隊員としての教育があるためレスリング活動に専念できず、体育学校に配属されるのは1年後の4月。JOC杯には約1ヶ月間の練習期間で臨まねばならないハンディが大きい。自衛隊選手の優勝は「快挙」と言えることだ。
角は5月1日からは東京・味の素トレーニングセンターで行われた全日本合宿に参加し、学生王者やユニバーシアード代表らと汗を流した。この階級の全日本トップ選手の目には、その存在と勢いとが焼き付けられたことだろう。
2011年JOC杯カデットで2位(左端)。この悔しさが自衛隊でレスリングを続けることになった
「優勝はうれしかったです」。初戦で昨年の王者との対戦となって緊張してしまったというが、「差しと押しで相手を崩し、積極的に攻めていくレスリングができました」と、まず最大の難敵を撃破。普通なら前年王者を破ったことで優勝を意識するのだろうが、大学選手のことを知らなかったことが幸いした。「みんな強い」と思い、続く試合でも気を抜くことなく闘ったことで、終わってみれば優勝だった。
同門対決となった決勝の相手の林龍之介(山梨・韮崎工高卒)は、同じく高校から自衛隊に進んだ同期選手。手の内を知っていてやりづらい試合だったが、「自分のスタイルを押し通す」という気持ちを強く持てた。「練習での優劣と試合の勝敗は別物」という考えを持っており、持っている実力を出し切って2-0で勝つことができた。
佐賀・鳥栖工高3年生の2年前(2011年)、この大会のカデットの部で2位、全国高校グレコローマン選手権で3位などの成績を残した。指導していたのが、元全日本王者であり2007年に佐賀・鹿島実高をインターハイ団体戦で3位に育てた小柴健二監督。「厳しかったですけど、自分達を強くしようという気持ちが伝わってきました」と、気持ちが燃え上がった高校の最終学年だった。
しかし、全国王者に手が届くことはなく終わり、この悔しさによって自衛隊へ進んでレスリングを続けることを決めた。「特にJOC杯の2位が悔しかったです。勝てる試合を逃げて負けてしまって…」。
■まったく通じなかった全日本王者との練習
1階級上のユニバーシアード代表との練習でも真っ向勝負!
「すごいところに来てしまった」。全日本トップ選手とのスパーリングは、「当たりにいっては返され、投げられ、グラウンドでは速攻で上げられ…。ポイントを取れるものじゃありませんでした。毎日、マットにひざまずいてしまうまでやられました。高校時代に少しはあった自信が、すべてなくなってしまいました」と笑う。
それでも、「強くなりたい」という気持ちが消えることはなく、「くらいついていきたい」という一心で練習に臨んだ。“朱に染まれば赤くなる”ということわざがあるように、このメンバーに混ざっての練習についていけば実力はアップする。自衛隊の2選手が決勝に残ったのは当然の結果だろう。
■「大学選手には負けたくない」-!
教育課程で1年間の遠回りはしたものの、大学へ進んだ選手では経験することのできない厳しい環境が、角をジュニアの頂点に押し上げた。「大学選手には負けたくありません」という気持ちも、実力をアップさせたことは言うまでもない。
期待のホープに西口茂樹強化委員長も熱い視線をおくった
「差しと押しでがんがん攻めて相手をばてさせる。いえ、パワー勝ちできるくらいの勢いで攻めるレスリングをやりたい」。この気持ちと勢いとがあれば、今はまったく視界にいない自衛隊の先輩の背中が見えてくるのは、そう遠い日のことではあるまい。