米国とロシアのレスリング界に「ワンマッチ・イベント」の波が押し寄せてきた。多くの観客を集めて盛況に行われており、この流れが2026年も続くことが予想される。
プロアマの垣根がなくなった頃から、プロレス的なレスリング・イベントは何度か行われてきた。古くは1989年12月26日に米国・ピッツバーグで行われた賞金総額6万5,000ドル(約930万円=当時、以下同じ)の「世界グラウンド選手権」。国際レスリング連盟(FILA=現UWW)が同年5月に解禁した賞金マッチの初の大会だった。
米国選抜チームと、同年の世界選手権と欧州選手権の優勝選手を中心とした世界選抜チームの対抗戦で、各階級の勝者に4,000ドル(約58万円)、敗者に1,000ドル(約14万5,000円)という賞金マッチ。メーンイベントに出場した前年のソウル・オリンピック62kg級優勝のジョン・スミス(米国)と同57kg級優勝のセルゲイ・ベログラゾフ(ソ連)の一戦は別で、勝者に8,000ドル(約116万円)、敗者に2,000ドル(約29万円)の契約だった(スミスが6-2で勝利)。
その後、賞金の出る大会は行われ、ドイツのブンデスリーガ、イランやインドのプロ・リーグ戦などFILAやUWWの大会とは違うイベントはあったものの、プロレス的なワンマッチ・イベントは根付かなかった。1990年代後半には米国でプロレスとは違う“プロのレスリング大会”がスタートし、レスリングを興行として成り立たせようとする動きはあったが、長続きしなかった。
「ワンマッチ・イベント」の動きが出てきたのは、2013年、レスリングがオリンピック競技からの除外の危機に面し、米国、ロシア、イランの“政敵”とも言える3国がスクラムを組み、ニューヨークで開催した対抗戦ではないだろうか。翌年から「Beat The Streets」として行われ、ワンマッチを何試合か行うイベントが定着。その積み重ねが現在の「ワンマッチ・イベント」の勢いにつながっている。
昨年2月には、米国の専門サイト「Flo Wrestling」が主催して「Flo Wrestling Night In America」がアイオワ州で行われ、前年のパリ・オリンピック57kg級2位のスペンサー・リー(米国)と世界選手権61kg級優勝の小野正之助(当時山梨学院大)が対戦したことは記憶に新しい(小野が3-2で勝利)。
夏には、実業家のチャド・ブロンスタイン氏や元プロレスラーのハルク・ホーガン氏(昨年7月24日に第1回大会を見ずに死去)によって「リアル・アメリカン・フリースタイル」(RAF)がスタート。タイトルマッチも行われるなど、プロレス・プロ格闘技のレスリング版として活動が始まった。
レスリングを離れてMMA(総合格闘技)で闘っている選手も出場するなど、全米選手権や世界選手権では見ることができないカードも実現し、これもファンの関心を集めている。
今月11日にフロリダ州サンライズで行われた第5回大会のメーンイベント、ミドル級タイトルマッチでは、パリ・オリンピック74kg級3位のカイル・デイク(米国)が2021年東京オリンピック2位のマゴメドハビブ・カジマゴメドフ(ベラルーシ=MMAでも活躍中)と対戦した。
この試合は、デイクにとって4年ごしのリベンジマッチだった。デイクは79kg級で2018・19年に世界一に輝き、階級を落として東京オリンピックでも世界一を目指した。しかし2回戦でカジマゴメドフに0-11のテクニカルスペリオリティで敗れ、夢が消えた。その後の3度の世界選手権に出場して2度優勝したものの、カジマゴメドフとの対戦はなし。カジマゴメドフはAIN(中立選手)としてパリ・オリンピックにも出場したが、やはり対戦はなかった。
74kg級でも2度の世界一に輝いているデイクにとって心残りのある選手。「長い間、闘いたかった相手だ」とコメントしている。観客もそのことを知っているので、より注目の集まった一戦だった(デイクが10-7で勝利)。世界選手権では必ずしも対戦するわけではない“夢のカード”が実現できるのも、「ワンマッチ・イベント」の魅力。
ロシアでも同様のイベント「プロ・レスリング・リーグ」(PWL)が行われている。昨年11月に須﨑優衣(キッツ)と尾﨑野乃香(慶大)も参加した大会では、14ヶ国のトップ選手が出場し、米国の大会よりグローバル。昨年の世界選手権・男子フリースタイル61kg級優勝のザウール・ウグエフ(ロシア)が同3位のヌラディン・ノブルゾフ(アゼルバイジャン)と対戦するなど、ファンの興味を引く試合が行われている。
開催場所もロシアにとどまらず、カザフスタンやハンガリーでも実施。旧ソ連圏や東欧での一大イベントになりつつある。
トーナメントによって世界一を争う世界選手権の存在は絶対に必要。ギャラも賞金もない大会だが、世界最強の選手を決める大会として存在し続けなければなるまい。一方、プロとしての「ワンマッチ・イベント」の隆盛も、ファンの関心を引きつけるためには必要なイベントだろう。
日本で開催されるには、まだ条件が整っていないが、例えば須﨑優衣とビネシュ・フォガト(インド)、元木咲良(育英大)とグレース・ブレン(ノルウェー)、文田健一郎(ミキハウス)とジョラマン・シャルシェンベコフ(キルギス)などの対戦がどこかの大会で行われれば、日本のみならず世界中から、かなりのネット視聴者がいるのではないか。
注目される2026年の「ワンマッチ・イベント」だ。