1980年代中盤からしばらくの間、“アジアの盟主”とも言えた韓国の低迷が続いている。しかし昨年の世界選手権で、男子グレコローマン63kg級のチャン・ハンジェ(鄭漢宰=29歳)が銀メダルを獲得。2018年に同77kg級のキム・ヒョンウ(金炫雨)が銅メダルを手にして以来、7年ぶりに韓国にメダルをもたらした。わずかながら復活の兆しが見えたと言えるだろう。
昨年10月、1992年バルセロナ・オリンピック・男子フリースタイル74kg級優勝のパク・ヤンスン(朴章洵)氏がスポーツ安全財団の理事長に就任。韓国スポーツ界の全体を見渡す立場となり、スポーツ振興に貢献するとともに、地元メディア「韓国経済」に「韓国レスリングの復活のために最善を尽くす」という覚悟のコメントを話した。
三星生命レスリング部の監督として後進の育成に努めており、自身の人生を捧げたレスリングの低迷を放っておくことはできない。「過去の栄光を取り戻すため、現場でより多くのノウハウを伝える」とも話し、一時期、日本を完全に上回った強さの復活を目指す。
韓国スポーツ界にとって、レスリングは特別な存在だ。韓国が日本の統治から解放された1945年以降、あらゆる競技を通じてのオリンピック初メダルは、1964年東京オリンピック・フリースタイル52kg級2位のチャン・チャンスン(張昌宣)。2年後の世界選手権では、全競技を通じて初めて世界一に輝いた。
1976年モントリオール大会では、フリースタイル62kg級のヤン・ユンモ(梁正模)が全競技で初めてオリンピック・チャンピオンとなり、国民に大きな自信を与えた。以後、不参加だった1980年モスクワ大会を除いて2004年アテネ大会まで金メダルの伝統が続き、1大会を置いて2012年にキム・ヒョンウ(前述)が取った。
全体としては、1980年頃までは日本と大きな差があった。ナショナルチームの出げいこを国士舘大などがよく受け入れて合同練習したが、「韓国ナショナルチームの選手が、国士舘大の選手に簡単にひねられた」(滝山将剛・元部長)と言う。
その後、1988年ソウル・オリンピック開催が決まり、国を挙げての強化へ。それが実り、いつしか日本を追い越した。ソウルで開催された1986年アジア大会では、日本の金5個(グレコローマン4・フリースタイル1)に対し、韓国は金9個(グレコローマン5・フリースタイル4)を獲得。
日本男子は1985年から2016年までの世界選手権で金メダルを手にできなかったが、韓国はこの間、のべ14人の世界王者が誕生。日本がオリンピック王者不在だった1992年から2008年までの間、韓国はのべ5人のオリンピック王者が生まれた。日本は完全に追う立場となり、韓国に追いつくことを直近の目標として強化に力を入れた。
栄枯盛衰は世の習い。日本が1964年東京オリンピックでの栄光を30年続けられなかったように、韓国も地元オリンピックが終わり、15年くらいたった頃から徐々に実力が低下。29年後の2017年の世界王者誕生(リュ・ハンス=柳漢壽)を境に、一気に坂道を転げ落ちた。
中大で指導していた1986年アジア大会王者のイ・ジョングン(李正根)氏は、韓国レスリングの低落の一因に社会的背景を挙げる。かつては鉄拳もとび、それへの反発で強さを身につけた面もあった。日本もそうであるように、韓国でもこのやり方はできない。社会が裕福になり、今の韓国に「ハングリー精神」は存在しない。
2002年に日韓共同でサッカーのワールドカップが開催され、サッカー人気が急上昇。きつい格闘技は敬遠されるようになって競技人口が減少。それは実力の低下につながった。かつて栄華を極めた柔道とテコンドーも同様で、2021年東京オリンピックと2024年パリ・オリンピックは金メダルなしに終わっている。
きつくても、世界で勝つ目標が持てるスポーツなら選手は集まるだろう。前述のパク・ヤンスン氏が強調するのが、この点。「韓国レスリングが過去の栄光を取り戻すためには、スター選手が必要。 両親にせがんでレスリングをしたくなるスターがいてこそ、韓国レスリングが低迷期から抜け出すことができる」と話す。
その意味では、昨年の世界選手権でチャン・ハンジェが銀メダルを取ったことは大きい。同選手は29歳。将来を考えるなら、もっと若い選手にメダルを取ってほしいところだが、一人の目標選手を生むことから強化が始まると考えれば、韓国は復活への道を確実にスタートさせたと言えるのではないか。
パク・ヤンスン氏は、韓国では全世代を通じてパッとしない女子の振興も口にし、監督を務める三星生命でも2021年から女子選手の強化を進めているという。
指導に回ったリュ・ハンス(前述)は「竹は、地面を固めて根を張るのに4~5年かかり、その後、ぐんぐん成長するそうです。 私たちのレスリングもそのような期間が必要です。 短期間で強豪選手を作ろうとせず、時間をかけてしっかりとした基盤をつくることが必要です」と話し、栄光復活を目指している(関連記事)。関係者の気持ちは、萎えていない。
韓国は、日本の力を借りて強くなった恩を忘れず、日本からの練習参加を快く受け入れてくれた。今は、日本がその恩を返すとき。近隣諸国にライバルがいてこそ、日本もさらに強くなれる。東アジアの同士として、韓国の復活に全面的に力を貸すときだ。