エジプト・レスリング連盟の待遇に反発し、祖国を捨てて米国からオリンピック出場を目指すモハメド・イブラヒム・エルサイードと、エジプト国および同国レスリング連盟の対立が泥沼化してきた。エジプトのジャーナリスト、カリム・ジダン氏が運営しているサイト「Sports Politika」が報じた。
本サイトの10月14日付で既報の通り(クリック)、同選手は今年7月に負傷を理由に引退を表明したが、米国へ渡って米国の国籍取得を進め、米国代表としてオリンピックに出場を目指している。10月18日の人気番組に出演したエルサイードは「エジプトのチャンピオンに尊厳はない。オリンピックでメダルを獲得した後、だれも助けてくれませんでした。連盟からもスポーツ省からも支援もありませんでした」と話した。月収は1,500エジプトポンド(約3,100円)だったことをあらためて強調した(注=2024年のエジプトの平均月収は約9,000エジプトポンド=約2万6,190円)。
一方、エジプト青年スポーツ省は、自国の選手の「不法帰化」と称する行為に対抗するためのキャンペーンを開始。アシュラフ・ソブヒ大臣は「こうした行為は、オリンピックの価値観を著しく侵害し、選手移籍に関する国際規則に違反している。エジプトとアフリカのスポーツ界で広範な怒りを買っている。一種の不法移民と人身売買に等しい」とコメント。
エジプトのスポーツ団体に加え、UWWアフリカや世界レスリング連盟(UWW)などに「エジプト人アスリートの違法な帰化を認めないよう要求したことを明らかにした。
同サイトは、「サダ・エル・バラード」などの国営メディアがエルサイードに関する批判的な報道を掲載したことも報じた。「サダ・エル・バラード」は、エジプト・レスリング連盟内の匿名の情報源を引用し、同選手は長年にわたって総額約1,200万エジプトポンド(約3,830万円)の資金援助を受けており、連盟からの月額給付金は5万5,000エジプトポンド(約17万5,000円)だったと主張した。
ある記事には、同選手名義の2万1,000ドル(約318万円)の小切手の画像が掲載されていたが、出所は伏せられていたという。
同サイトは、エルサイードに同情的な論調。国内スポーツ団体とのトラブルで国籍を変更したエジプト人アスリートは他にも多くいるとしている。2017年にアフリカ選手権で優勝したイブラヒム・ガネムは、2020年にフランス国籍を取得して選手生活を続け、2023年世界選手権・男子グレコローマン72kg級で優勝。今年の世界選手権でも2位に入った。
アフリカ王者として2010年代前半の世界選手権に出場していたタレク・アブデルサラムは、首のけがに対してエジプト・レスリング連盟が治療費の支払いを拒否したため、引退してブルガリアに移住。現地の人が彼の話を知り、ブルガリア代表として出場する代わりに、市民権と医療サポートの提供を提案。これを受け入れ、帰化して選手活動を再開し、ブルガリア代表として2017年欧州選手権で優勝した。
このときはエジプト連盟の役員が「我々はアブデルサラムを軽視し、彼に対する処遇を無視してきました。彼がブルガリア国籍を取得し、ブルガリア代表チームでプレーすることについて責任を問うことはできません。我々は彼を、彼の才能を大切にしてくれる人たちの元へ押しやりました」と、自分たちの非を認めた。
他にも、海外遠征の際にチームから離れて亡命したレスリング選手の例を2つ挙げ、重量挙げやスカッシュなど他のスポーツでも多くの選手が国籍を変更して活躍。スポーツ以外でも医師、エンジニア、弁護士、学者などの多くが、よりよい機会を求めて国を離れていることを指摘し。「エジプト人は故郷の制約を超えた生活を切望している」としている。
エジプトの紀元前3000年ころの壁画や彫刻にはレスリングなどの格闘技ものが多くあり、同国はギリシャ、ローマとともにレスリング発祥国のひとつとされている。オリンピック・チャンピオンも生まれている国だが、現代レスリングは混乱しているようだ