2025年滋賀国民スポーツ大会・レスリング競技の前半戦(9月29~30日)、最後の試合となった女子62kg級の決勝で、地元代表の屶網さら(なたみ・さら=KeePer技研)が“最高のストーリー”をプロデュースした。
59kg級で世界一になったばかりの尾西桜(東京・日体大)に1-8とリードされ、敗戦濃厚とも言えたラスト1分。グレコローマンでよく見かける差しをがっちり決め、尾西が脚をかけて防ごうとするところをこらえ、バランスを崩した尾西を押し倒し、そのままフォール勝ち。地元観客の大歓声にこたえた。
熱狂に包まれた会場で、地元役員などから多くの祝福を受けた屶網は、「本当にうれしい気持ちでいっぱいです。点を取られてしまって焦っていましたけど、セコンドの『落ち着いてやれば大丈夫』という言葉を信じ、一生懸命に闘いました」と、試合が終わってしばらくしても興奮さめやらぬ表情。
第1ピリオドを0-6で終わり、第2ピリオドの開始30秒に1-8となっても、地元の人たちの声援は「しっかり聞こえていました。勝とう、という気持ちは消えなかったです」と言う。
あきらめの気持ちが消えなかったのは、一発逆転の投げ技を持っていることも大きいだろう。1-8となってスコアで劣勢となっても、左腕を相手の脇から差し、相手の首の後ろでクラッチを組んでの投げ技を狙う。尾西が振りほどくことなできないほど強烈なクラッチ。第2ピリオド最初の投げ技は不発に終わったが、2度目はしっかりと捕えて離さず押し倒した。
その瞬間を「ここで取らないと負ける、と思った」と振り返る屶網は、「滋賀県の人たちの声援が励みになりました」と地元の応援への感謝の気持ちを繰り返した。終盤のきつい攻防の中でも逆転技を決められた要因を問われると、「練習のときから、しっかりと押さえるところまで意識して、と言われていて、その練習を繰り返したからだと思います」と分析した。
屶網と尾西は、今年3月のアジア選手権(ヨルダン)に出場した日本代表チームのチームメート。屶網が57kg級、尾西が59kg級で金メダルを取った。その後、尾西が全日本選抜選手権で勝ち、U20世界選手権V2を経てシニア世界選手権を制したのに対し、屶網は全日本選抜選手権とプレーオフで敗れて世界選手権出場を逃した。
尾西は世界選手権前から62kg級へのアップを視野に入れて体づくりに励んでいた。屶網は今後も57kg級なので、今大会は本来から2階級上での試合となる。両者の勢いや、今後の階級を考えるなら、尾西に分があると考えるのが普通だろう。
だが試合では、どんな要因が、どう作用するか分からない。尾西は世界一に輝いたことで、当然、自信がいっそう芽生えただろうが、それから約2週間の試合間隔。クロアチアから日本への移動時間や時差などを考えると、心身ともにベストコンディションとは言い難かったのではないか。終盤は、明らかにばてていた。勝負の世界では、わずかな気持ちやコンディションの差でも微妙に左右することがある。
屶網は2階級上での闘いである分、挑戦者という気持ちになり切れたことに加え、減量がない分、スタミナなどの「体力は十分だった」と言う。尾西の世界選手権優勝のニュースを日本で聞くのは「つらかった」そうで、この悔しさをばねにする力も、勝敗に影響したことは想像できる。
一方、2階級上の階級で、59kg級世界チャンピオンを破って優勝したのだから、本来の57kg級なら絶対に勝てるか、というと、そうではないのも勝負の世界。特に、57kg級にはパリ・オリンピック53kg級優勝の藤波朱理(日体大)が階級を上げて参加してくることが確実で、厳しさを増すのは目に見えている。
至学館大で力をつけた選手として、来年秋に名古屋市で行われるアジア大会は、何としても出たい大会。そのためには、その予選となる12月の全日本選手権で優勝することが必要だ。「たくさんの強豪がいる階級なので、しっかりと勝ち抜いて優勝し、アジア大会出場を決めたい」と話し、この優勝を機に日本代表の座の奪還を目指す。